【婆娑羅昔話】たそや姫【ヴァサラ戦記二次創作】
むかしむかし、あるところに貧しい家がありました。そこには村一番の甘党で有名なワグリという男と、村一番の料理人のメスティンが住んでおりました。
ある日、ワグリが竹を取りに山を登ったときのことです。
グゥゥゥゥゥゥゥゥ…….。
「えっ、なになに!?」
まるで地響きのような、はたまた獣の唸り声の様な大きな音が響きました。クマなどに襲われしないかとひやひやしながらも、竹やぶを探索していると一本の竹だけが明るく光を放っているではありませんか。
神々しささえ感じるその竹からは、先ほどの唸るような音が響いてきます。こんな竹を見るのは初めてです。ワグリはおそるおそるその竹を切ってみました。
「お腹空いたべ……。何か、食べ物ないべか……?」
「え、お、女の子!?」
なんと中からは黒髪をポニーテールにまとめた女の子が、お腹を押さえてうずくまっていました。グゥゥゥゥゥ……。獣の唸り声のような音は、女の子のお腹の虫の音でした。どうやらお腹を空かせているようです。
(とにかく、何か食べさせてあげなくちゃ!)
なぜ竹の中に女の子がいたのか、という疑問はひとまず置いておき、その女の子を抱えて、ワグリは山を下りました。
「ん~、美味しいべ! もっと食べたいべ!」
家に連れ帰ると、その女の子はとにかく食べまくりました。備蓄していた食料があれよあれよという間に消えていきます。
「ちょっとワグリ! 我が家のエンゲル係数バグらせるつもり!?」
「ご、ごめんよ! でも、お腹空いていたみたいだしほっとけなくて」
「ふぅ~、ごちそうさまでした! とても美味しかったべ」
(やっと食べ終わった……)
箸を置いた女の子に安堵していると、庭に出てどこからか取り出した鍬で土を耕し始めました。
「うん、ここの土は柔らかくて養分もたくさん含んでいるべ。きっといろんな野菜が育ってくれるはずだべ」
そういって女の子は、どこからか取り出した野菜の種をまいて水をあげました。すると、みるみるうちに芽を出して、葉っぱを生い茂らせ、立派なナスができたではありませんか。
「な、なんだ!? ナスが……」
「しかも色ツヤ、形もとてもいいわ。あなたは一体……!?」
「ちょっとした恩返しだべ」
女の子は誇らしげに胸を張りました。
その女の子が育てた野菜は、とても美味しく試しに売り出してみたところ、これが大当たり。評判の野菜農家として、名が知れることになり、貧しかったワグリの家は、あっという間にお金持ちになりました。
竹から現れた女の子はヨモギと名付けられ、またの名を「たそや姫」と呼ばれるようになりました。……なぜ、ヨモギなのに「たそや姫」なのかって? なぜか、「たそ」と呼ばれるのが流行ったからです、たぶん。
その噂は村を超えて、町にまで広がり、その美味しい野菜を育てられることを聞きつけた人が、たそや姫の元に集まりました。
今日は4人の町人が、たそや姫に「ウチに来てくれ」と頼みました。
「嗚呼、美しきたそや姫。どうか我が家に来てくれませんか」
蛇のはく製を髪にくくりつけた女性はイバン。彼女もたそや姫に負けず劣らずの大食いです。
「たそや姫、どうか、私の元に来てくださらないかしら」
丁寧にお辞儀をするおしゃまな女の子はイネス。野菜を育てることに興味はありますが、虫が苦手という致命的な弱点があります。
「ン……タソヤヒメ、オイシイヤサイ、ホシイ」
片言で喋っている女性はコンチュエ。腕っぷしならだれにも負けません。
「アタシちゃんと一緒に、ロックな野菜を作ろうぜ!」
そういってメロイックサインを掲げるメガネの女性はライク。『ロック』と感じる基準がいまいち謎です。
「あたしはどこにも行かないべ。ワグリさんに助けてもらった恩がまだ返せてないべ。……でも。美味しい料理を作ることが出来たら、考えてもいいべ」
そういって町人に、無理難題の料理……ではなく、どの家庭でも作れる『味噌汁』を作るように命じたのです。
「たそや姫、それはいくらでも簡単すぎるんじゃ」
ワグリは心配そうに問いかけました。
「いいえ、簡単じゃないわ。出汁の取り方、入れる具材とお味噌のバランス、そして、水の温度。どれか一つでも欠けていれば、美味しいお味噌汁とは言えない。奥深い料理なのよ」
料理人であるメスティンは、シンプルそうな料理にこそ腕前が出てくるのだと力説をしました。
やがて、4人の町人はそれぞれの味噌汁を作り上げました。
「さあ、たそや姫。お味噌汁が出来ました! どうぞ、召し上がってください」
そうやって恭しくお盆にのった味噌汁を差し出したのは、イネスです。イネスの作った、お味噌汁はワカメと豆腐の入った、ごく一般的なお味噌汁です。
「……うん、美味しいべ」
「……!」
「でも」
パァッと顔を輝かせるイネスとは対照的に、たそや姫の顔は晴れません。
「なんだろう……何かが足りないべ」
「えっ!? ちゃんとレシピ通りに作ったのに……何を間違えたのかしら」
「レシピ通りに作る事が出来ているのはいい事だべ。でもそれ以上に大事なものが欠けてるべ」
「大事なもの……」
「さぁ、次に自信のある人は?」
しょんぼりしながら考え込み始めたイネスをよそに、メスティンは次を促します。
「メスティン……ノリノリだね」
「おう、それじゃアタシちゃんな! 姫は野菜のエキスパートだろ? 野菜を活かした味噌汁を作んねーなんてナンセンスだぜ!」
勇ましい足取りのライクは、自信たっぷりに味噌汁を差し出しました。
「これは……?!」
味噌をベースとした汁に大雑把に切られた白菜やほうれん草などの葉物野菜が浸かっていました。どちらかといえば、味噌汁というよりスープに近い風貌です。
「これはお味噌汁じゃないべ。ミソスープだべ」
「あぁ!? 一緒じゃねーのか!?」
「違うべ。大和魂がない物がミソスープだべ」
「ヤ、ヤマトダマシイ……??」
初めて聞く単語にライクの頭上にクエスチョンマークが浮かび上がっています。
「そうね、味噌汁とミソスープは似て非なるものよ。その違いを分かってから出直してらっしゃい」
「本当、さっきからノリノリだよね」
少し引き気味のワグリは置いておき、次はコンチュエが静かにお盆を差し出します。
「ン……」
「な、何だこれは!?」
「ミソシル」
「いや、そうだけど!! え、本当にそう、なのかな……?」
差し出された味噌汁には具が入っていません。コンチュエはあくまでもこれが味噌汁だと言ってはばかりません。
「か、辛い!! というか、冷たい! 水にお味噌を溶かしただけだべ!」
思わず、たそや姫も飛び上がって驚きます。
「ダメ……?」
「こんなのは味噌汁と呼べないべ!」
「失格ね。……次は」
メスティンはゴクリと唾を飲み込みます。最後のイバンが持っている味噌汁からは、何故か紫色の湯気(?)が立ち上っていたからです。
「私、お恥ずかしながら、料理はあまり得意ではなくて」
「いや、不得意ってレベル!? 料理作るってレベルじゃないわよ!?」
差し出されたそれからはゴポゴポと泡立っており、黒い何かが浮いています。極めつけは、硫黄のような、はたまた何かが腐ったような臭いでした。周りの人間は皆鼻をつまみ、苦虫を噛み潰したような顔をしています。
「さすがにこれは無理だべーー!!」
大食いのたそや姫もこれにはブンブンと首を横に振って全力拒否します。
「やはりダメですよね。色々入れて、強火でガンガン煮込んだのが良くなかったのでしょうか」
「色々って何!?」
……そんなこんなで、たそや姫のお眼鏡にかなうような人は現れず、ワグリの家で畑を耕しながら、楽しく暮らし続けていました。
それから、3年の月日が経ちました。たそや姫はもりもりとたくさん食べ物を食べて、懸命に畑を耕し、野菜を作り、美しい娘にすくすくと育ちました。
ところが、満月の夜になると、月を眺めながらさめざめと泣くたそや姫が見られるようになりました。
「どうしたんだい、たそや姫。満月の夜にはいつも泣いているけれど」
ワグリが優しく問いかけます。
「ぐす……満月がおまんじゅうに見えて……」
「……なら、食べるかい?」
甘党であるワグリは懐から栗まんじゅうを取り出してたそや姫にあげました。
「ありがとう……。あたし、思い出したんだべ。あたしは月から来た人間で、この地上とお別れしなくちゃならないって……それが寂しくて泣いていたんだべ」
「何だって……! せっかくたそや姫と仲良くなれたのに、お別れだなんて……! そうはさせないぞ」
その話を聞いたワグリは村の自警団に家の周りやたそや姫の部屋の前などに厳重な警備を敷くように要請しました。
そして、次の満月が訪れました。
家の周りや塀の上、たそや姫の部屋の前にも兵士が配置されました。また、扉には厳重に鍵が掛けられました。
「何としても、たそや姫を守り通すぞ! いいな、お前ら!」
「うおおおおおおおおお!!!!」
村の自警団の団長、ウキグモは鍛え上げた自慢の兵士たちに発破をかけました。
「……こんな事しても無駄だべ。きっと、戦う気力も無くして、扉も全部開いてしまうべ。それくらいの力が、月の民達にはあるんだべ」
かぶりを振るたそや姫にワグリとメスティンは力強く話しかけます。
「弱気なことを言っちゃダメだ、たそや姫。みんなで君のことを守るよ」
「ええ、あなたはもう大事な家族だもの。みすみす月の民なんかに返してなるものですか」
「ありがとう……」
その時です。昼間よりも明るい光が辺りを包み込み始めます。眩い光の中、よく目を凝らすと牛車のような乗り物がこちらに向かってきていました。
「敵襲だ!! 矢を放て!!」
ウキグモの号令で、塀の上の兵士は、弓矢に力を込めて一斉に矢を放ちます。狙いは充分定まっているはずですが、なぜか届きません。
「何故だ……。何故当たらない……っ!」
「だ、団長……、力が、入りません……」
「何だか急に眠気が……」
力がどんどん抜けて、屈強であるはずの兵士は、抗えない眠気に負けて、地に伏せていきます。
「無駄な抵抗はよせ。我々に指一本すら、触れることなど叶わぬ」
月の使者は、大きな青いリボンで燃えるような紅い髪をまとめており、真珠のように美しい肌を持ったこの世のものとは思えない美しさを持っていました。
「下賎なる地上の民よ。おとなしく姫を差し出せ」
凛とした声で、月の使者がバッと手を前に突き出すと、閉められていた扉は一斉に開いていきます。
厳重に閉ざされていた、たそや姫の間の鍵も不思議な力で、いとも簡単に開いてしまいました。たそや姫は、抵抗もむなしく、月の使者の前に躍り出てくるしかありませんでした。
「お前は罪を充分に償った。穢れた地上とは、この場で別れて、月の国に帰るぞ」
「え、罪……? 何の罪で……?」
ワグリはおそるおそる月の使者に尋ねました。
「此奴は、月の国に備蓄していた食料をまるまる食べきったのだ。だから、穢れた地上に落としたのだ」
「ああ……」
それで、あの山の竹やぶで唸るような腹の虫の音を鳴らしていたのかと内心納得するワグリでした。
「思い出したべ! ちょうど食料倉庫の鍵が開いてたから、つい……」
えへへとのんきにたそや姫は笑います。底なしの胃袋のたそや姫に月の使者はドン引きです。
「此奴……まるで反省していない!?」
「たそや姫は、確かにここでもたくさん食べていたけど……。でも、たくさんの恵みをもたらしてくれたわ! 野菜の育て方を教えてくれたし、私たちの生活も豊かにしてくれた……。もう大事な家族なの、連れて行くのだけはどうか……!」
メスティンは、手を合わせて懇願しました。
「……ダメだ。姫は、月の国にとっても大事な家族だからな。……勝手に食料を食べ尽くすようなやつでもな」
「そんな……」
「ワグリさん、メスティンさん、泣かないで。野菜の育て方はちゃんと書いて残してあるべ。だから、あたしがいなくても大丈夫だべ。月からでも、見守ってるから」
たそや姫は、月の国に帰る決心をしました。月の使者から羽衣を着せられると、それまで愛おしく思っていたワグリやメスティン、村の民の達のことを綺麗さっぱりと忘れてしまい、牛車のような乗り物に乗って、振り返ることなく月の国へと帰っていきましたとさ。
たそや姫が残した野菜の育て方は、村の宝となり、代々受け継がれていったとかいないとか。
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