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【ヴァサラ戦記二次創作】ウキグモ外伝③―小さな光と風―

 あれから四年が経過した。ソラトは師匠に渾身の作品を提出した。白波が打ち付けたような細かい刃の紋様、柄はあえてシンプルに仕上げ、最低限の装飾で済ませている。
 提出された作品を師匠はしげしげと見つめる。
(今日は自信あるやつだけど、どうだろうか)

 『まだなっとらん』と突き返されることが日常だが、今日に限ってはあらゆる角度から検分している。正面から、斜めから。刃をひらめかせてみたり、光にあててみたり。その作業を一通り終えると、刀を作業台に置いて「ふう」と息をつく。

 「ど、どうですか。師匠……」
おずおずと尋ねるソラトの横で、師匠はニカッと白い歯を見せて笑う。
「いい出来じゃねえか。これなら世に出しても恥ずかしくない。お前が作った武器からは魂が感じられるよ」
「あ、ありがとうございます!」
不安から喜びを顔に彩らせながら、深々と頭を下げる。
「よくまあ、ここまでここまで仕上げてきたもんだ。お前は元から手先は器用だったし、自分のモノにしようと技を良く学んでいた。この分なら、独り立ちしても問題ねえ」
「ほ、本当ですか……!」
パッと顔を上げて、思わず小さくガッツポーズを取った。師匠は穏やかに微笑みながら、肩をポンと叩く。

 「コハルを頼んだぞ」
「えっ!? 師匠、どうしてそれを!?」
ギョッと目を見開いた。師匠に認められたらコハルに告白することなんて、ウキグモにしか話してないのに。
「ハッハッハ! そんなモン、四年もお前のこと見てりゃ、ウチの娘と上手くやってることくらい分かるよ。真面目なお前の事だから、アイツのこと幸せにしてくれることも。早くに母親を亡くしてから、片親で満足に育ててやれなかったし、苦労掛けてばかりだった。その分、アイツの事幸せにしてやってくれ」
普段は大らかで豪胆、それでいて武器と向き合う時は人一倍こだわりの深い師匠が見せた、やや寂しげながらも、未来へと希望を託すような、そんな繊細な表情だった。
「……師匠には、まだまだ敵いそうにないですね。けれど、コハルのことは僕が必ず幸せにしてみせます!」
小さくとったガッツポーズの拳を自分の胸の前に上げて、誓いとした。

 一方その頃、ヴァサラ軍本部では次世代へとバトンを繋いでいく動きが出始めていた。それは九番隊でも例外でなく、次期副隊長候補としてウキグモの名前が挙がり始めていた。
「――ということで、ウキグモくぅん。これからも一層任務に励むように頼むよぉ」
「ありがとうございます、ロポポ隊長」
(まずは副隊長……。着実に実力を伸ばして、いずれ隊長を任せられるように頑張らねえと)

「ああ、こんな所にいたのね。ちょうどよかったわ」
聞き馴染みのある声に顔を上げると、十一番隊に所属する同期の繭がいた。所属は違えど、隊同士での繋がりも大事にしているヴァサラ軍では同期同士でのやり取りも多くみられる光景だ。この二人においても例外ではない。
「なんだよ、繭。藪から棒に」
「この子の面倒を見てやってくれないかしら」
そういって出てきたのは鋭い目つきをした緑髪の少年だ。最近、十番隊隊長マルルが拾ってきたらしい子供の一人だ。その少年は木刀を片手にじっとこちらを睨んでいる。
「何で俺が」
「あちこちで剣の修行をつけてくれって頼んでるみたいでね。でも、みんな任務とかで断られちゃってるみたいで。私も付き合ってあげようと思ったけど、武器がトンファーだし、その……参考にならないかもって」
繭は、少年を見ながらどこか哀愁に満ちた視線を送る。

「おやあ、セト坊ちゃん。剣の修行の相手なら、このウキグモ君におまかせあれ♪」
「はっ!? た、隊長!? 何で俺がガキの面倒なんか……」
ほぼ世話役が決定してしまったような発言に、ウキグモは右往左往する。それを横目にロポポは顎に手を当てながら、あっけらかんとして答えた。
「ん~、しばらくは大きな任務もないからねぇ、ちょうどいいと思って。それに僕はこの子に何か光るものを感じるんだよねぇ……。頼むよぉ~次期副隊長さん♪」
「頼む……! オレも、守れる力を身につけてぇんだ! お願いします、この通りだ!」
セトと呼ばれた少年は、地面に膝をついたかと思えば勢いそのままに土下座をして教えを乞い始めたではないか。

「ああ……もう、分かった、分かったから……。顔を上げてくれ。子供に土下座なんてされちゃ、断れねぇだろ」
乱雑に後頭部を搔き、渋々ながらもセトの世話役を引き受けることにした。
「フフ、よろしく頼んだよウキグモ君」
「貴方、剣の腕は悪くないんだしちょうどいいじゃない? ま、私も時々は様子見にくるから」
予想通り、と頷きながら去っていくロポポと、どこか安心したような表情を見せながら煙草をふかし始める繭の背中を見送り、二人だけがポツンと残された。

 「……で、何から始めんだ?」
微妙な空気になり始めたところを、ぶしつけな口調のセトが尋ねる。彼の目はやる気に満ちていた。『守れる力を身につけたい』。口だけではなく、目でもそれを物語っていた。
「ん、あぁ……じゃあ、まずは走り込みだ。戦うには一にも二にも体力だからな。行くぞ」
渋々ではあったが、引き受けた以上は責任を持たなければいけない。何より目の前の少年の想いに対して失礼になる。そうして、一歩先に走り込みを始めるのであった。


 セトの修行相手を任され、数日経った頃にウキグモの元に手紙が届いた。ソラトからの結婚報告である。引っ越しや独立の為の資金繰りで手いっぱいで盛大な式を挙げる予定はないようだが、二人で一緒に新生活の準備をしていることや将来について話したりということが楽しいらしいことが文面から伝わってきていた。
(今度祝いの品でも持っていくか)
手紙を引き出しにしまい、今日も稽古をつけるための準備を始める。

 練習用の木刀同士がぶつかる乾いた音が何度も何度も響く。ここ数日、修行の相手をしていたが直感で『コイツは筋が良い』と感じていた。
 全ての動作を全力を込めるのは素人のやることだ。力んでしまえば、動きは固くなって思うように剣を振るのは難しくなる。
 目の前の少年は、まだ荒削りではあるが余計な力は込めず、しかし打ち込むその一瞬にインパクトのある一撃が叩き込まれる。
(なるほど、隊長が見る目は正しかったってことか……)

 太陽が高く登り、気温も上がってきた。セトも一切弱音を吐くことはないが、少しずつ息が乱れてきている。
「……そろそろ休憩するか」
「ま、まだまだやれる……!」
構えを解くウキグモとは対照的に、まだ向かってくる気満々のセト。両手でヒラヒラと待ったのポーズを掛けて、やんわりと止めようとする。
「そんな最初から飛ばしてたら、身が持たねぇぞ。時々休むのだって、訓練のうち……」
「そんな悠長な事、言ってる場合じゃねえんだ! オレはやれるって言ってんだから、早くやってくれって!」
怒声を飛ばして、セトは食ってかかろうとする。

「あら〜、ケンカは良くないわよぉ二人とも。さ、おにぎりが出来たから二人とも召し上がって」
十番隊隊長のマルルが、お茶の入った湯呑みとおにぎりをお盆に載せてやってきた。少し剣呑な雰囲気に、二人の様子をそっと窺っている。
「ああ、ちょうど良かった! ありがとうございます、マルル隊長。ほら、ちょっとだけでもいいから休憩するぞ」
子どもの世話に慣れてないウキグモからすれば、タイミングよく現れたマルルは助け舟のようなものだ。サッとおにぎりとお茶を受け取る。
「ほら、セト坊ちゃんも」
「……ちょっとだけだからな」
マルルに勧められては、後に引けないセトは少し唇を尖らせながら地面に腰を下ろす。ウキグモも心の中でため息をつきながら、休憩を取る事にした。

 「何でそんなに切羽詰まってんだ?」
おにぎりをお茶で流し込むようにして食べたセトに対して、ウキグモは窘める。
「うるせえな、悪いかよ」
「そんなに必死なのは、ルト坊ちゃんの為なのよね? セト坊ちゃん」
傍らに置いていた剣を手に取って、立ち上がろうとしていたセトは思わず躓いた。
「は、はぁ!? ちょ、バラすなって……!」
「ルトっていうのは……」
「セト坊ちゃんの下の兄弟よ。そして、ただ一人の家族なの」
初めて聞く名前に首を傾げるウキグモに、マルルはずっこけるセトを尻目に説明しだした。
「ああもう……めんどくせぇなあ……」
全てネタばらしされてしまったセトは居心地が悪いのか、乱暴に後頭部を掻きむしってため息をつく。
「何だ、『守れる力を身につけたい』って兄弟の為だったのか。別に隠すようなことでもないじゃねえか。なら、尚更無理はダメだろ」
「何でだよ、おっさん」
「おっさん……? まあ、一人でそんだけ追い詰めてたことを知った弟の顔を思い浮かべてみりゃ分かるんじゃねぇか」
それを言うとセトは、ハッとした顔になり押し黙った。そして、もう一度地面に腰を下ろす。
「もう少しだけだからな」
「それでいいんだよ」
少しは伝わっただろうかと、陰で安堵しながら束の間の休息を取るのであった。


 セトの修行に付き合い始めて数ヶ月後のことだ。任務も無いこの日は、故郷のサルビアの街に足を伸ばした。
 その理由は、ただひとつ。親友の結婚祝いだ。既にこの街に戻ってきて、生活が落ち着いてきた頃合を見計らっての訪問だ。

 「あれ、ウキグモ? 本部にいるんじゃなかったのか?」
突然現れた友の姿に、ソラトは目を丸くした。
「お前の結婚祝いをしに来ただけだよ」
「おや、ウキグモじゃないか! 来るなら来るって言ってくれたら、準備もしたのに」
妻のコハルは、新たな生命を宿した自分の腹をさすりながらも歓迎している。
「良いんだよ、コハル。お前はお腹の子のことだけ考えてくれてたら。俺もそんな居座るつもりはねぇし」

 自分の親友が、もうすぐ父親になる。幼少期はどこか頼りなく、控えめな彼が武器職人という道をとことん追究し、遂に一端の職人として認められるまでに成長した。
 ――こいつは、こうと決めたら絶対譲らない芯の強さと熱いものを持ってるんだな。

 「へえ、ペアのマグカップかあ。ありがとう、大切に使わせてもらうよ」
「ペアルックなんて、なんか小っ恥ずかしいねえ。でもありがとね」
二人はそれぞれの反応を見せながら、ささやかな結婚祝いを喜んでくれていた。
「こういうの選んだことねえから分からなかったけど……ま、喜んでくれてるなら何よりだ。次は赤ん坊が産まれたら、顔見せてくれよ。名前とか候補は決めてんのか?」
贈り物のチョイスが間違ってなかったことにホッとしながらも、産まれてくる子どもについて、興味本位で気になったことを尋ねる。

「うーん、まだ男か女か分からないし……産まれてから考えるって感じかな」
「アタイとしては、男でも女でも元気に産まれてきてくれりゃどっちでもいいけどね! 名前は二人で、また考えりゃいいさ。アタイ達の子なんだからね」
真剣な顔になるソラトと、明るく笑いながらも子どものことを思うコハルの姿は、どちらにしてももう立派な親の姿だと感じる。
「はは、さすがにちょっと気が早かったか? まあ、でも本当に楽しみだ。それじゃ、また会いに来るよ」
長居は無用と席を外すウキグモに、「そういえば」とソラトが口を開く。

「風の噂で聞いたんだけど、ウキグモ、副隊長になるのかい?」
「お前、その話どこから……。まだ就任確定じゃねえよ、『候補』だよ、『候補』!」
どこから漏れた情報かは不明だが、就任が確定した訳ではなく、あくまで『候補』として選ばれたことを力いっぱいに訂正する。
「へぇ、期待されてるんだねぇ! 頑張りなよ!」
「お、おう……! えーと、それじゃ、また来るわ」
急に話の主役になったことに、ウキグモは居心地の悪さを感じたのかそそくさと去っていった。

 (やっぱりウキグモは凄いなぁ……。副隊長になったら、いずれ隊長にもなるんだろうな。もっとちゃんと腕を磨いて、僕も約束を果たさないとね)
胸に秘めた約束を心に、ソラトは鍛冶場に足を伸ばした。

 (新しい家族か……)
ウキグモはもうすぐ誕生する新たな命に思いを馳せていた。次世代を担っていく小さな光だ。だが、今の戦乱の世の中では、その光が簡単に消えてしまうこともある。そうさせないように、ヴァサラ軍がいる。もっと強くならなければ。

 ふと。今、修行を付けているセトの事が頭に過ぎる。あいつもまだまだ子供だ。本当なら、前線に出るべきでは無いと思う……。しかし、本人が守れる力を身につけたいと願っているのだ。
彼も兄弟を――小さな光を守りたいから、力を身につけようとしているのだ。
(あいつにも守りてぇもんがあるんだよな……)

 今まで手を抜いて修行をつけてたつもりは無いが、より真剣に向き合わねばならないと心に決めた。セトと、自分の剣術にも。教えられるだけの技術を身につけることが、自分の夢の実現にも、セトの修行にも繋がってくるだろう。

 こうしてはいられないと、未来の希望を胸にヴァサラ軍本部に戻っていくのであった。

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