【ヴァサラ戦記二次創作】ヨモギと母の日
街でこんな光景を見かけた。
「おかーさん! いつもありがとう!」
「あら、綺麗なカーネーション。ありがとう」
子どもが母親に赤いカーネーションを贈っていた。そう、巷では「母の日」と呼ばれる記念日を迎えていた。
(母の日か……)
ヨモギは、ワカバ村で平和に暮らしていたあの日を思い出した。
カーネーションを贈るということはなかったが、代わりにその日は母親には一切家事や農作業をさせず、ゆっくりさせる日と決めていたのだ。
そして、何よりお手製の手料理をたくさん振る舞い、母親の喜んだ顔を見るのが何よりも楽しみであった。
……張り切りすぎて、たくさん作りすぎてしまうのが玉に瑕なのだが。
「張り切って作りすぎだべ、姉ちゃん!」
妹のキナコや弟のズンダが笑い転げながらも、食事を美味しそうに食べ、口数が少なめの父親の口の端には笑みがこぼれている。
「ありがとね、ヨモギ。今日は素敵な一日を過ごさせてもらったべ」
そして、母親の心からの温かい笑み。笑顔に溢れた家庭がヨモギの日常だった。
――今はもう、その平和は打ち崩されてしまった。故郷と家族を同時に失った。
家族と笑い合い、食卓を囲んだり、川の字になって寝たり。そういった日常を奪われた。
ありふれた家族の光景かもしれない。けど、その家族と一緒にいることが何よりの幸せだったのだ。
その幸せが奪われたその日を思うと、胸が痛くなる。暗い気持ちが侵食してくる。自分もそちらへ行けたら、と思う時もあった。
けど、その命は今ここにある。ヒジリ隊長やヴァサラ軍が助けてくれたから。もうこんな悲劇を繰り返してはならないと、ヨモギは自ら剣を取った。
(でも、家族のことは一日も忘れたことは無いべ……!)
家族がいるであろう青い空に目を向けた。
家族を愛する心までは、カムイ軍も奪えなかったらしい。
ヨモギは、近くの花屋に足を伸ばした。
ワカバ村跡地兼墓場。
ヨモギはその日のうちに、ここへ来ていた。
家族が眠る墓に、白と淡いピンクのカーネーションの花束を手向けた。
「今日は母の日だべ。温かい日常が送れるような世界を、きっと……実現してみせるからね」
そして、祈りを捧げた。
「……帰るべ。また来るからね」
墓石に背を向けて、ヨモギは力強く歩き出した。
――一陣の風が、背中を押した。
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