【ヴァサラ戦記二次創作】ヨモギ奮闘記~才神と不良撃退装置~
よく晴れた日の午後。ヨモギは街のパトロールを命じられ、異常がないかを確かめていた。ヴァサラ軍は戦いだけでなく、日常を守るパトロール業務や民衆の困りごとも解決する、そういう組織だ。
今日は特にトラブルや事件もなく、ヨモギはホッと胸を撫で下ろした。その瞬間、ヨモギの腹の虫がグゥと一鳴きした。昼ご飯は、パトロールに出る前にきちんとお腹いっぱいに食べてきたが、元々燃費の悪いヨモギはおやつの時間にもなると、既に空腹状態になっているのだ。
「あーあ、お腹減ってきたし、団子屋に寄ってから帰るとするべ」
ヒジリもよく通うという、団子屋の前まで足をのばす。甘い匂いが、より一層食欲を刺激する。しかし、団子屋の前には不穏な空気が立ち込めていた。
そこには、見るからにガラの悪い不良が三人、ヤンキー座りをして、タバコをスパスパ吸っていたのだ。俗に言う「たむろ」である。吸い殻も地面のそこかしこに落ちていて、近寄りがたい雰囲気である。団子屋に入りたそうなお年寄りが遠巻きに見ており、困っている様子なのは明らかであった。
(あんなのがいたら、お客もお店も困っちゃうべ! あたしがなんとかせんと!)
ヨモギはいてもたってもいられず、不良グループに近づく。
「ちょっと、あんた達! 他のお客さんやお店が困ってるべ! タバコ吸うんなら、他んとこ行ってくれ!」
「ああん? オレらがどこで吸おうとオレらの勝手だろうが」
ロングヘアーの金髪がヨモギを睨み、何も響いていない様子でタバコを吸い続ける。
「女だからってなめてっと、ケガすっぞ? リーダー、やっちまいましょうや」
モヒカン頭が、指をパキパキ鳴らしながらサングラスを掛けた黒髪リーゼントへ攻撃を提案する。
「こんな女、俺一人で十分だ……。消え失せろ、クソアマが!」
リーゼント男は、右の拳でストレートパンチを放つが、ヨモギはそれを左手で受け止める。
「なっ!?」
自分の渾身の一撃を受け止められるとは思わなかったのか、驚きに目を見開いて男は固まる。その刹那、受けた拳を左に捻られる。
「いでででででぇ!?」
勢いよく捻られた男は堪らず、悲鳴を上げた。ヨモギがヴァサラ軍に入隊して数ヶ月。軍に入った以上、いたずらに日々を過ごしていたわけもなく、日々鍛錬を積み重ねてきた。結果、ただの村人だったヨモギも、素人同然の不良の攻撃を受け止めるくらいなら造作もないほどに成長を遂げていた。
「あたしも、騒ぎは大きくしたくねぇから……。早くどこかに行ってくれんか」
捻った拳を離し、改めてたむろをやめるように進言をする。
「チッ……! 今日はこれくらいで勘弁したらァ。行くぞ、お前ら」
リーダー格であるリーゼント男は、二人を引きつれ団子屋の前から立ち去った。
「はぁ……。やれやれ」
「ありがとね。あんた、ヴァサラ軍の人だろ? 強いんだねぇ」
影に身を潜めていた、気前のよい五十代くらいの女性の団子屋店主がヨモギの方に駆け寄って感謝の言葉を口にした。それをきっかけに、周りの人も「よくやった」「ありがとう」と口々にお礼を述べた。
「あたしは当然のことをしたまでだべ。……最近はああいうのがよくいるべか?」
感謝の言葉の雨に照れくさくなりながらも、ヨモギは店主に最近の状況を尋ねる。店主は、うんざりしたようにため息をつき、近況を語り始めた。
「はぁ……近頃は、ああやってたむろする連中がいてね。私も、他のお客もみんな困ってるのさ。ずっとタバコ吸ったり、食べ物食い散らかしたりしてね。以前、注意したんだけど、大声で怒鳴ってきて、もう何されるかわかんなくてね。怖くて、近づけないのさ……」
「そうだったべか……」
店主は、少し諦めたような口調でこう続けた。
「私らには、ガードマンを雇ったりするお金もないからね……。もうどうしたらいいかわかんないんだよ……。あぁ、ごめんなさいね。恩人にこんな愚痴聞かせるなんて。お礼に団子持って帰ってくださいな」
思わずこぼしてしまった愚痴に、「やぁねぇ」と力なく笑いながら、ヨモギにたくさん団子の入った袋を手渡してくれた。
「わ、そんなの気にしなくていいのに」
「いいんだよ。今後ともごひいきにね」
たくさんの団子が詰められた袋を受け取り、ヨモギはどうにかしなければと決意を固めていた。
ヨモギは三番隊隊舎に戻り、縁側に座って団子を食べながら思案を巡らせていた。いや、正確には団子屋を出てからずっと考えているのだ。
「どうすれば不良グループを撃退できるか」。そのことについて、いろいろアイデアを練ってはいるのだが、どのアイデアもあまり現実的でないように思うのだ。
(あたしが団子屋に見張りに行くっていうのもいいけど、毎日行けるとは限らんし……。団子屋の為だけに、護衛をつけるのも違うだろうし……)
色々と思案を巡らせるが、これだという名案は浮かばない。知恵を絞っているうちに、ヨモギは二十本目の団子を食べ終えてしまった。
「あら、今日もよく食べるのね。任務終わりかしら」
「ハ、ハズキ隊長!」
背後から聞きなれた声がして、振り返るとそこには救護箱を持ったハズキがいた。
「なして、ハズキ隊長はここに?」
「あぁ、ヒジリおじいちゃまが腰を痛めたってヨタローが騒いでたから……診察にきたってだけよ」
確かにヒジリは自分の命を助けた恩人であり、実力も確かなのだが寄る年波には勝てないのか、腰を痛めるのは日常茶飯事だ。ヨモギも時折、腰に効くという薬草でお灸を据えたりして、治療することもしばしばである。ハズキも医療班として、ヒジリの腰の調子をよく診に来ているようだ。
「それより、何か悩んでたみたいだけど? そんなに団子を食べてたってことは、相当長い時間考えているのでしょう?」
ハズキは、ヨモギの横に転がっている団子の串を見て思わず苦笑いを浮かべつつも、悩んでいる様子のヨモギに尋ねてみた。
「あー……、それが……」
ヨモギは、これまでの経緯も説明し、団子屋にたむろする不良グループからどうすれば団子屋や周りの人を守れるかを考えていたことを話した。
「ふうん……なるほどね。それなら、いい考えがあるわ。先に私の研究室で待っていなさい。おじいちゃまの腰を診たら、すぐ行くから」
「は、はい!」
ハズキは、スタスタとヒジリが待つ部屋へと急ぐ。ヨモギも団子を片付けてから、ハズキの研究室がある六番隊隊舎へ足を運ぶことにした。
失礼します、とヨモギは研究室の扉を開けた。初めて入るその部屋からは、ツンと鼻をつく独特のにおいが漂っていた。薬品棚には、見たことのない薬品の入った瓶がズラリと並んでいる。中には毒々しい紫色の薬品に、何故かホルマリン漬けにされた蛇の入った瓶もあり、戦々恐々としながらもヨモギは椅子に腰かける。
(ハズキ隊長って、普段いったい何を作ってるべか……?)
ヨモギの正面に見えるスチールラックにも、武器らしきものが並んでいる。おそらくは銃や爆弾だろう。数々の恐ろしい道具を見て、ヨモギにある考えが浮かんでくる。まさか、ハズキの言う「いい考え」とは、毒薬を使ったり、銃を撃ったりと、ドンパチするようなやり方なのだろうか。
(そ、それだけはダメだ! 穏便に解決するのが一番だべ!)
ヨモギが、ハズキを止めに向かおうと立ち上がった瞬間、背後の扉が開く。
「ハ、ハズキ隊長!! 穏便に解決しなきゃダメだべ!!」
「は? なんのこと?」
勢いよく振り返ったヨモギに突然詰められて、ハズキはキョトンとした顔になる。
「この薬品とか爆弾使うって話なら、あたしはお断りだべ! あたしは、穏便に解決する方法を探しに来てんだべ」
「何を誤解してるのかは知らないけど……。とりあえず、あなたが思ってる方法じゃないわよ」
そういって、ハズキは研究室に入って迷いなく机の引き出しから、手のひらサイズの装置と小さなボタン型のスイッチを取り出して、ヨモギに手渡した。
「こ、これは? 小さめの爆弾か?」
「その物騒な考え方から離れなさい……。ちゃんと穏便な解決ができる、ステキ装置よ。この小型の装置を、団子屋の軒先に取り付けて、あとは不良グループが来た時にそのスイッチを押すだけ」
「え、それだけ……?」
薬品や爆弾を使う方法ではないようで、ひとまずは安心するが、こんな小さな装置で不良グループを撃退できるのだろうか。首を傾げているヨモギに、ハズキはきっぱりと言い切る。
「まあ、明日やってみれば分かるはずよ。いい報告を待ってるわ」
(本当にこんなので大丈夫べか……?)
半信半疑ではあるが、隊長ともあろう方が半端なものを渡すはずがない……。そう信じて、ヨモギは六番隊隊舎を後にした。
翌日。ヨモギは団子屋に向かい、店主に説明をして軒先に小型の装置を取り付けた。小型ゆえ、目立つことはなく、見つかって一瞬で潰されてしまうような最悪の事態は避けられるだろうという点には、ヨモギも安堵した。店主には不良グループが来た時にボタン型スイッチを押してほしいと依頼を済ませているし、残りは不良グループが来るのを待つだけである。念のため、ヨモギも店の奥で待っておき、監視をすることにした。
(本当にあの装置で撃退なんて、できるべか……?)
しばらくして、昨日の不良グループが現れ、店の前にたむろをし始めた。ヨモギは店主に合図を送り、スイッチを押してもらうように指示を出した。
(今だべ……!)
店主は指示通りにそのボタン型のスイッチを押す。その瞬間、装置からキーンという耳をつんざくような不快な音が流れ始めた。
(な、なんだべこの音……!)
ヨモギは思わず耳を塞ぐ。不良グループはというと、同じように不快感を露わにすると同時に驚き、慌てふためいている。
「何だ、この音!」
「耳がキーンってなりやがる……!」
「くそっ、よくわかんねぇが今日はずらかるぞ!」
その音に耐えかねた不良グループは団子屋の前から逃げるようにして去っていった。去ったのを見て、店主はスイッチをオフにし、不快な音は止まった。
「まあ、この装置は魔法か何かかい? よくわからんけど、不良たちが一目散に逃げて行ったよ。ありがとうね」
「ま、魔法? あたしには、変な音がして、それで逃げていったように見えたべ」
魔法、という不可思議な言葉にヨモギは驚き、店主に思わず自分が見た事実を口にした。しかし、店主は何のことかと、あっけらかんとした口調で話す。
「音? 音なんか聞こえちゃいないよ。まあ、とにかくありがとう。隊長さんにもよろしく伝えておくれよ」
(まあ……店主さんが喜んでるならいいべか……?)
いまいち釈然とはしないものの、撃退装置作戦は成功を収め、ハズキに報告に向かうヨモギであった。
「ハズキ隊長! あの装置のおかげで不良グループを撃退できたべ!店主さんも喜んでくれて……。でも、何でか装置の音はあたしと不良達にしか聞こえてなくて、店主には聞こえてなかったみたいなんだべ。どういうことだべか?」
ヨモギは、六番隊隊舎を訪れて作戦成功の知らせをハズキに届けた。同時に、作戦中に感じた疑問も投げかけた。
「上手くいったのね。あの音は”モスキート音”っていって、高い周波数の音を出す装置なの。高い周波数の音は若い人にしか聞こえなくて、歳をとればとるほど聞こえなくなる。その仕組みを利用した装置なのよ。店主には聞こえなくて、ヨモギや不良達には聞こえて当然ってこと」
「へぇ……」
横文字や難しい用語はよくわからないが、若い人にしか聞こえない不快な音でたむろをする気を失わせる、そういう代物ということのようだ。
「もすきーと、とかよくわかんねぇけど、あの音が聞こえる装置で不良グループを追い払えたってことだべな! よかった、爆弾とかじゃなくて」
「あなた、私の事、爆弾魔とか思ってない……?」
ハズキは自分に向けられているイメージ像に釈然とはしないものの、民衆の困りごとを解決できて喜んでいるヨモギを見て、思わず微笑みをこぼした。
それから、不良グループが来る度に撃退装置を発動させるうち団子屋のたむろはすっかりなくなった、という話である。その装置の素晴らしさが人伝いに伝わって、不良撃退装置が商品化するのはまた別のお話。
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