【ヴァサラ戦記二次創作】ウキグモ外伝④―終わりなき夢への道―
ヴァサラ軍9番隊は、近頃街で盗みを働いている盗賊団のアジトに潜入していた。ウキグモの雲の極み「流水行雲」の能力の一つ「五里霧中」という技で姿を眩ませることに成功し、今まさにボスの部屋の前で待機し、息を潜めている。
「ボクの合図で突撃するよ……、3、2、1……!」
ゼロ、のタイミングで扉を派手にぶち破る。
「な、なんだ、いきなり!? どこから来やがった!?」
突然の襲来にただ恐れ戦くしか出来ない敵将を尻目にウキグモは剣を突きつける。
「お前さえ討てば、このアジトは終わりだ。おとなしく観念しろ」
「するわけねーだろ! おい野郎ども! 敵襲だ!!」
ボスの指笛ひとつで、アジトのメンバーが一斉にウキグモ達を取り囲むように襲いかかる。
「血の気が多いねぇ……」
ロポポは肩を竦めながらも抜剣し、襲いかかる盗賊達にすれ違いざまに、かまいたちのような斬撃を幾度となく叩き込む。何が起きたか分からないまま、盗賊たちは崩れ落ちる。
「くそっ……!」
隊長のロポポに太刀打ち出来ないと見るや、今度はウキグモに斬りかかってくる。
「曇天……!」
急に目の前が重たい雲に覆われ、目標を見失った盗賊は右往左往とし始める。
「ど、どこに消えた?!」
「此処だ……雲の極み『流水行雲』凍雲!」
撹乱されている間に後ろに回ったウキグモは、白く凍った剣撃を横に薙ぐように斬る。
「な、なんて強さだ……」
圧倒的な強さを前にして、ガクガクと膝を震わせ始めるが負けじと剣を構えて襲いかかる。しかし、その剣はウキグモの剣に受け止められる。
「やめとけ。それ以上、罪を重ねなくってもいいだろ」
「うぅ……、俺たちだってよ、盗みなんかしたくなかったさ! けど、学も能もねえ俺たちが就ける仕事なんてよ……」
ボスは剣を取り落とし、肩を震わせ四つん這いになって泣き崩れる。
ヴァサラによる革命以後、貧民や奴隷などの下層民にも居場所が与えられるようになってきたが、それはまだ完全では無い。長年の鎖国政策によって植え付けられた思想が簡単に覆ることはなく、貧民達への差別意識がしこりのような形としてまだ根深く残っている。 溢れてしまった者は、浮浪者となるか目の前の男のようになるしかない。
「でもさぁ、君たち、剣が使えるじゃないかぁ」
「え……?」
確かに一瞬で伸されてしまったとはいえ、剣を持って戦うだけの力がある。きちんと練兵すれば、戦力になるかもしれない。
「学も能もねえ、って絶望するには早ぇってことだよ。ちゃんと罪を償って、今度は人の為になる仕事をしろ」
「一体俺に何が出来るって……?」
「これから考える時間はたくさんある。さあ、立て」
ウキグモはボスを立たせて、軍本部に連行し始める。周りの9番隊隊員達も、辺りで伸びている盗賊団員達を縛り上げて、連行の準備を整えていた。
「ご苦労だったね〜、君の極みのおかげでスムーズに取り押さえることが出来たよ」
盗賊団メンバーの収監が済み、ロポポは穏やかな口調でウキグモを労う。
「いえ、アジトの地図を入手されたからこそ直ぐに終わったんですよ。さすがは便利屋」
「なら、さしずめママンとの愛の勝利ってとこかなぁ♪ そうだ、大きい任務はしばらく無いし、ちょっと休みでも取ったらどうだい?」
休暇の提案をされた所で、この頃里帰りしてなかったなと思い至る。しかし、同時に一つ気がかりな事も思い出した。
「あ、でも……あいつ、セトの坊主の面倒が」
「それなら大丈夫〜、ママンも居るし、11番隊の君の同期……繭くんだっけ? あの子も気にかけてるみたいだしねえ」
「え、繭が?」
驚いた。自分にセトの修行相手を押し付けたことも関係しているのだが、繭はセトのことを避けているのではと思い込んでいたからだ。
「結構面倒見良いんだよね〜。若いけど子どもとかいるのかな〜。ま、そういう話聞いたことはないけどね」
「へえ……」
確かに自分たちの歳であれば結婚して、子どもがいてもおかしくはないが……。
「ウキグモ君はそういう浮いた話聞かないけど、カノジョとかいないの〜?」
「余計なお世話ですよ、隊長……。とりあえず、休みはいただきます、お疲れ様でした!」
急に話の矛先が自分に向けられ、居心地の悪さを感じ、適当に切り上げてその場を去る。
入隊前も後も、何人かとは付き合ったこともある。だが、いずれも長続きはしなかった。自分には剣の道を極めて、隊長になる夢がある。それを追いかけるばかりで、女の機嫌を取ることまでに気が回らない。加えて、口達者というわけでもなく、気の利いた言葉も言えない。そういった経緯から、彼女作りは自分にもう少し余裕が出来てから……と自分なりにプランは練っている、つもりなのだ。
(ん、手紙が届いているな……)
しばらく任務で離れている間に届いていたのか机の上に一通置いてあった。
これほど喜びに満ちた手紙は初めてだ。遂に親友が父親になったのだ。彼は修行に出た先で素敵な女性と出会い、結ばれ、子宝にも恵まれた。しかも、独立も果たして、晴れて地元に凱旋している。
(よし、休みの間にちょっくら会いに行くか)
気づけば里帰りの準備をいそいそと始めていたのであった。
(出産祝いって……何贈れば良いんだろうな)
せっかくのお祝いごとに手ぶらなのはありえないと思い、何か育児に役立ちそうな物をと、赤ちゃん用品店の前まで来た所までは良かった。そこで立ち尽くしてしまった。可愛らしい洋服や玩具、ファンシーな雰囲気が漂い、明らかな場違い感から入店を躊躇している。
「こんなとこで何してるの?」
そんな中、聞き慣れた同期の声が耳に入る。まさかこんな場面を見られるとは思っておらず、驚いた声をあげた。
「繭? お前こそこんなとこで何してんだ?」
「ちょっとした買い出しよ。貴方こそ、なんか縁遠そうな店の前で何を唸っているのかしら」
「縁遠いって……まあ、いいや。友人の出産祝いに何かあげようと思ってな。こういう機会、なかなか無ぇし、何かアドバイスくれよ」
「お友達に? 貴方って結構マメよね。確か前にも……」
「あの時も助かったよ、せっかくのお祝いごとなんだからちゃんと祝ってやりたくてな」
以前の結婚祝いや開店祝いのプレゼント選びには繭のアドバイスも参考にしており、時には一緒に選ぶのを手伝ってくれたりもしていたのだ。今回も、良きアドバイスをもらえるかもしれないといつもの調子で頼んだ。
「今回は出産祝い……ね」
赤ちゃん用品店の方を一瞥した繭の顔が一瞬陰った気がした。
「あー悪い、お前も買い出しだったよな。本当にアドバイスくれるだけでいいからさ」
「そうね……赤ちゃんってすぐ大きくなるし、ベビー服とかちょっと大きめのやつとか、玩具とかも喜ばれるんじゃないかしら」
「なるほど……。引き止めて悪かったな、助かるぜ」
アドバイスを貰ったウキグモは、意を決して赤ちゃん用品店へと足を踏み入れていった。
お祝いの品を携えて、サルビアの街に里帰りを果たした。以前は開店準備中であった武器屋だが、今は冒険家や武人達が集まり、上々の盛況ぶりを見せていた。
店に入ると、店内は綺麗に整頓されており、ショーケースに丁寧に剣や槍などの並べられている。サンプルコーナーもあり、手触りや見た目をつぶさに確認する人も何人かいた。
「お、ウキグモ!? 来てくれたんだね」
「手紙見たからな」
「奥で待ってて、お客さんの接客が終わったら行くから」
突然の来訪にも関わらず、変わらず出迎えてくれる親友の雰囲気に安心した。それだけで一気に昔に戻った気分だ。
「お、ウキグモじゃないか! 来るなら言っておくれよ、こんな格好で恥ずかしいじゃないか」
コハルは、いつもの作業着で腕に赤子を抱きながら、明るく笑う。
「悪い悪い、そんなに長く居るつもりはないからさ。それにしても無事に産まれて良かったな、おめでとう」
腕に抱かれているアマネは、初めて見る顔にきょとんといった感じでウキグモの顔を見つめている。
「この子が産まれてから毎日が更に忙しいよ。店もおかげさまで繁盛してるしね」
その言葉からは本当に毎日充実した毎日を送れているのだろうなと実感する。子供の世話に、店の切り盛りと、目まぐるしく日々を過ごしていることは想像に難くない。
「お待たせ、ちょうどお客さんの波も途切れたからさ。来てくれてありがとう。この子の誕生を祝いに来てくれたんだろう?」
「良かったな、無事に産まれて。ああそうそう、少ないけど、何かと物入りだろ。遠慮せず使ってくれ」
出産祝いとして、ベビー服が数着の入った紙袋をソラトに手渡す。
「ありがとう。本当、コハルには感謝だよ。僕もついに父親になったし……ちゃんと店をやって、アマネを育てないと」
「毎日大変なことばっかりだけど、子どもは可愛いねぇ! 将来、どんな風に……ってまだ気が早いか!!」
アッハッハ! と、豪快に笑い飛ばすコハルは早くも母親としての貫禄があるような気がする。母親につられるかのように、母の腕に抱かれるアマネも、キャッキャと笑う。
「せっかくだから、抱っこしていくかい?」
「いいのか? 赤ん坊なんか抱いた事ねぇし……」
「いいよいいよ、アンタなら多分大丈夫だろ」
ご機嫌な彼を泣かせてしまわないかと不安だが、根拠のない発言の勢いに流されるままに小さなアマネをその腕の中にそっと収める。
温かく小さな命は、羽根のように軽く、ふわりと柔らかい。ふとした瞬間に失ってしまいそうな儚さを感じつつも、アマネの青い瞳はまだ見ぬ世界に希望を馳せる輝きで満ちていた。
「……可愛いな」
赤子など初めて抱いたが、穢れのない瞳やふわりとした笑みにぽつりとこぼしながら、コハルにそっと返した。
「そうだろう? 僕譲りの髪と瞳でね」
「このハッキリとした感じの目つきは、何となくアタイ譲りじゃないかい?」
彼は一体どんな風に育つのだろうか。自然と楽しみにさせてくれる。実の子供でなくてもそんな魅力をアマネに感じた。
「そろそろ行くよ」
あまり長居をしては店の営業に差し障りもあるだろう。しかし、丁寧にソラトは店先まで見送りに来てくれた。
「ああ、また来てくれ」
「――先にお前が一人前になったな。独立も果たしたなら、そりゃもう立派なもんだろ」
自分は、次期副隊長候補には入っているがあくまで候補であり、まだ平隊員だ。第三者から見れば、『一人前』と評してくれる人は居ないだろう。
「ううん、まだまだだよ。確かに師匠には認めてもらったかもしれないけど、僕はまだ満足してない。……いや、満足したらそこで終わりかもしれないな」
ソラトは首を横に振り、空を見上げる。今日の空はどこまでも青く澄んでいる。
「どういう意味だ?」
「今の実力に胡座をかいたら、それ以上の進歩は無いということさ。ウキグモだって、現状に満足なんかしてないだろう?」
「当然だ。まだまだ上には上がいるしな。……つまり、一人前なんてずっと辿り着けねぇってことじゃ……?」
ウキグモも同じように空を見上げる。二人が目指していた『一人前』の境地は、今見上げている空のように、いくら手を伸ばそうとも、届かないものではないか。
「そうかもね。でも、手が届かないからこそその道を極め続けられるんじゃないかな……? 何かを極めるのに終わりなんてないのかもね」
ソラトの一言に目からウロコが落ちたような気分だ。『手が届かないから極め続けられる』――。
満足しない限りは、どこまでも登っていける。ソラトが空を見上げている時の目は、そういった思いで満ちていた。
「……そこまで考えつかなかったな。互いに道を極めていくって感じで、これからもやってこうぜ」
ソラトの話に首を縦に振り、ぐっと拳を握る。
「そうだね、僕もまだ君にふさわしい剣を作れてないし……頑張るよ」
「なら、俺はそいつにふさわしい腕前になれるように努力を続ける。……まずは副隊長だ!」
こうしてはいられないとばかりに、ウキグモは歩き出した。例え手が届かなくても、少しでも近づけるように……。一歩一歩、力強く歩き出した。
(せわしないなあ)
別れの挨拶もないままに去っていく親友の姿を見て、苦笑いを浮かべる。けれど、それがウキグモらしい、とも思う。
『僕もああいった父親になれたら』。
ウキグモの逞しい背中を見て、ソラトは家族の待つ家へと戻っていくのであった。