南アフリカワインとレオパードの話
去年の末頃にワイン販売大手のエノテカ(大名古屋ビルヂング店)で購入した南アフリカワイン『レオパーズ・リープ』をようやく開けた。このワインのラベルが非常に面白いデザインだったので紹介したい。
百聞は一見にしかず。これがそのラベルである。
『レオパーズ・リープ』の名に恥じない、3頭のヒョウが描かれたラベルではあるが、筆者は一瞬で気がついた。この頭数と姿勢と並び、イングランド王室の紋章の3頭のライオンとそっくりだということに。
しかもフランスの紋章学では、正面を向いた歩き姿のライオンのことを「レオパード」と呼んでいるというから興味深い。
もちろん、自らを「百獣の王」たるライオンに例える誇り高きイギリス人は、自分たちの紋章をライオンには一段劣るレオパードと呼ばれることを嫌っている。それに、これはフランスワインではなく南アフリカワイン。なにより南アフリカをはじめ、アフリカ諸国の紋章文化では、正面を向いた歩き姿のライオンではなく、自然界におけるヒョウのことを「レオパード」と呼んでいる。
では、このワインのラベルのレオパードがイングランド王室の紋章のライオンとよく似ていることはただの偶然なのだろうか。あるいは、イギリス連邦の加盟国としての両国のつながりを示したものなのだろうか。筆者の考えは違う。
筆者の考えを紹介する前に、販売元のエノテカの説明を見てみたい。
なるほど、ラベルのヒョウである理由とそれが3頭である理由については分かった。それでは姿勢と並びについてはどうだろうか。
やはり筆者はイングランド王室の紋章やフランス紋章学における「レオパード」との関連を感じてならないのだ。
それを説明するためには、南アフリカワインの歴史を説明する必要があるだろう。
アフリカ大陸の南端に位置する南アフリカにはいうまでもなく、もともとヨーロッパの文化であるワインはなかった。ところが、大航海時代がはじまり、ポルトガルやオランダがアフリカ大陸を回って東インド(現在のアジアのこと)を目指すようになると、その中間に位置する南アフリカは格好の中継地となった。
しかも、南アフリカのケープ半島はアフリカ大陸で数少ない地中海性気候に属する場所。ワインの生産にはうってつけだったのである。もちろん、嗜好品としてワインが求められたわけではない。当時の航海士たちが恐れていた壊血病の対策のためにワインは必需品だったのである。
こうしたさまざまな条件が重なった結果、南アフリカにはワイン生産が導入された。それを担ったのがヨーロッパでは唯一、鎖国下の日本と交易していたことでも知られるオランダ東インド会社だった。なかでもフランスの宗教弾圧から逃れてきたプロテスタント、いわゆる「ユグノー」の存在は大きかった。言い換えれば、南アフリカのワイン産業はフランス系移民によって導入されたのである。
しかも、このレオパーズ・リープがある街は何処あろう、フランシュックである。フランシュックとは「フランス人の街角」という意味。南アフリカワインの産地としてはステレンボッシュがあまりに有名だが、同市を中心とした「ワインランド地方」の中でも特にフランス色の強い地域がこのフランシュックなのだ。
こうなってくると、冒頭で述べた「これはフランスワインではなく南アフリカワイン」という前提は大きく揺らいでくる。
フランシュックで作られた南アフリカワイン『レオパーズ・リープ』のラベルにレオパードがイングランド王室の紋章のライオン、もといフランス流にいえば「レオパード」そのままの頭数、姿勢、並び方で描かれていることは意味深長であると言わざるをえない。
フランス人(フランス系南アフリカ白人)のこんな声が聞こえてこないだろうか?
イギリス人さん、イギリス人さん。
おたくらの紋章ってこんなんでしたよね?
たしか3頭の…、縦に並んだ…、そう!レオパードでしたよね???
なんとも嫌味な話ではなかろうか。
実に皮肉ったらしい。
いや、むしろ清々しさすら覚える。
あまりにも切れ味の鋭い、まさに紋章文化圏だからこそ為せる業とさえ思えてくる。
筆者はそんな思いに包まれた。
ところが、この赤ワインを一口飲んでみるとさらなる驚きが待っていた。
こんなにも皮肉な嫌味ったらしい含みを持ったラベルなのに、その風味のなんと軽やかなことだろう! あまりにも飲みやすいではないか!
あるいは、ラベルがあまりにも意味深長だったゆえのギャップかもしれないが、その軽やかさに驚いたのが率直な感想だった。
紋章もワインも歴史も面白い。ワインのラベルはその3つの世界をつなげてくれる。
今回いただいた『レオパーズ・リープ』はそんな深い世界に、しかし軽やかな足取りでいざなってくれる名品だ。ぜひ飲んでみてほしい。
※お酒は20歳になってから。また、妊娠中や授乳期の飲酒は、胎児・乳児の発育に悪影響を与える恐れがあります。
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