七星は駆けて霜月を斬る
冷たく青白い月光が冬の新都平安京を静かに覆う。その下の内裏の一室を燈火が照らしていた。
炎が揺らいだ。少年は剣の柄を握り角髪を揺らし踏み込んだ。相手の青年が剣を振り下ろす。少年は避け懐に飛び込む。木刀の切先が青年の喉元へ迫り、停止した。
「そこまで」
威厳のある声が制止した。少年と青年は声の主に向かって跪いた。少年の白い息が板間へ落ちていく。
「顔を上げよ、我が子よ」
少年は顔を上げた。父、桓武帝が力強い目を細めていた。父は円座で胡坐を組み、その節くれ立った手で長い竹杖を握っていた。
「やはり我の子の中ではお前が一番腕が立つな。安世王。もう15歳になるか」
父の微笑みに対して、安世王の半目は戸惑いが隠しきれなかった。
安世王が内裏のこの部屋で父に会うのは年に一度、正月の挨拶をする時だけ。何故いま呼ばれたのか。
「安世、こんな噂がある。幽霊がこの平安宮を彷徨い、不埒にも我を呼び祟っているそうだ。先月も承明門で見た者がおる」
「怨霊はかつての皇太弟“某親王”と名乗ったと僕は聞きました」
怨霊に堕ちた“某親王”の祟りの恐ろしさは人々に刻みこまれている。安世王もその名を口にするのは憚られた。
「“某親王”か。しかし我は此度の幽霊騒動はあれとは違うと考えておる」
父は立ち上がり、竹杖の上端を握り引き抜いた。竹を模した鞘から引き抜かれた直刀を見た安世王の半目が開いた。
灯を反射する刀身には星が刻まれ、星と星は線で繋がり北斗七星を成していた。
「破邪の七星剣だ。これをお前に貸そう」
父は七星剣を竹杖の鞘に納め、あわてて両手を掲げた息子に仕込み杖を手渡した。そして笏で隣で跪いたままの青年を指した。
「安世よ。この藤原冬嗣と組み、幽霊騒動を調査せよ」
「僕が、ですか」
戸惑う息子に父帝は言い放った。
「そして野良幽霊の分際で我が弟、早良親王を僭称する不埒者をこの七星剣でシバき倒し、ワシに突き出せ」
【続く】
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