クイーンマジェスティあるいはミンストレル&クイーン
エリザベス女王の訃報を聞き、即座に脳裏に浮かんだのはこの曲だった。そういう人は世界中、相当数にのぼることだろう。
我が亡父は英文学者として英国文化の研究者として間違いなくイギリス人よりもイギリスに詳しい人だった(何人であれ外国人の日本研究家がいるとしたら必ずなまじの日本人よりも日本文化について詳しいはずというのと同様の理屈で)。
そのいわば英国マニアの家に生まれて名前に英国の「英」の字を授かり(本名の話)、80年代後半、その父の著作である『午後は女王陛下の紅茶を』という本の挿絵をもってイラストレーターとしてデヴューすることとなった身としては「女王陛下」の死にはそれなりの思いがないわけはなかった。いずれにしても、ともあれまず脳裏に浮かんできたのは"Her Majesty"であった。
今現在30年ぶりに戻って住み始めた生まれ育った鎌倉の質素な家には、かつて小さな掲揚式のイギリス国旗がシェイクスピアの小ぶりの胸像とともに父の書斎の机の上にあった。飾り棚にはスコットランドの可愛らしい人形とともにバービー人形のような若いエリザベス女王の人形があり、ボア付きのマントをつけたそれは子供心にほんとうに身近なものだった。ちなみに私が生まれた1962年、クイーンエリザベス2世はすでに在位10年であったという計算になる。
やがて自分が70年代半ば小学生の終わりから中学にかけてビートルズに夢中になるのは成り行きとしては自然なことだった。しかしながらそれは反抗精神を涵養する、勉強嫌い、学校嫌いへの道でもあったのは学者の家庭に生まれた身としては皮肉な話だった。
とりわけて愛聴していたビートルズ(への導入門にして)最後のアルバムである"Abbey Road"(近年、最後のアルバムはLet it beだったということになったが)の最後の曲”The End"の崇高とすらいえる締めくくりの余韻の静けさを唐突に破るように始まってすぐに終わるジョークソング。"Abbey Road"の「擦り切れるほど」という形容が相応しい愛聴の度合いに応じ、何度聴いたかわからない曲、"Her Majesty"。クイーンエリザベスの死に際し反射的に連想するのも無理はなかった。
*
Her majesty's a pretty nice girl
But she doesn't have a lot to say.
Her majesty's a pretty nice girl
But she changes from day to day.
I wanna tell her that I love her a lot,
But I gotta get a belly full of wine.
Her majesty's a pretty nice girl,
Someday I'm gonna make her mine.
Oh yeah, someday I'm gonna make her mine.
女王陛下は素敵な可愛い娘
でも、彼女にはあまり話すことがない
女王陛下は素敵な可愛い娘
でも彼女は日によってころころ変わる
彼女をとても愛してると伝えたい
でも、それにはワインでお腹を満たさないとね
女王陛下は素敵な娘
いつか彼女を僕のものにするんだ
そうだ、いつか僕のものにしよう
*
改めて歌詞をチェックするとなんとも「不敬」な内容であるわけだが、こうした歌が許容されるところに英国王室ひいては英国社会の鷹揚さを見るというのも定番の慣しではあるだろう。たしかにこれを日本の皇室で考えた場合のありえなさを思うと、王室と皇室の根本的な違いを感じたりもする。ポール・マッカートニーは"Her Majesty"について自身の少年期にエリザベス女王がアイドルであったと語っている。子供の頃、共にあったバービー人形のようなエリザベス女王の人形を思うとそれもわかるような気もする。
「女王陛下」の死に際し、Her Majestyとともに想起された曲がもうひとつある。その名もずばり"Queen Majesty"というレゲエナンバー。
70年代末に製作された、数多の若者をレゲエの道(あるいは沼?)へと引き摺り込んだ伝説的なレゲエ映画『ロッカーズ』のなかでもひときわ鮮烈なシーン、主人公のレゲエドラマー、ホースマウスとダーティ・ハリーが連れ立って入ったディスコでソウルミュージックをかけすぎだとイチャモンをつけ、ムードを変えてやる(レゲエで踊らせろ)とDJルームを乗っ取ってかけたのがこの曲。
前述の『午後は女王陛下の紅茶を』でイラストレーターとしてデヴューした頃(1986年)、私においては80年代初頭からのレゲエ熱がむしろ一旦冷めかかっているような時であったが、そのレゲエ・フィーヴァーの発端となったのが映画『ロッカーズ』であった。そこに至って私は極度の英国狂いの父の「古き良きイギリス」的価値観の真反対、ビートルズなど可愛いものと思えるその「異端」世界へと赴くことになった。子供の頃の英国への誇らしさは消え、その栄光の影の部分植民地主義と奴隷制度がクローズアップされることとなった。考えてみるとそのきっかけのひとつがレゲエムーヴィー『ロッカーズ』における”Queen Majesty”だったというのはこれまた皮肉な話ではある。
ところで今回、改めてこの"Queen Majesty"に向かい合うにあたって、そもそもそれがカーティス・メイフィールドの作であることを知る。たぶんコアなレゲエファンにとってはそんなことは常識だと思われ、じぶんのレゲエ理解の底の浅さを思い知ることにもなったのだが、レゲエナンバーとしてのQueen Majestyはじつにさまざまなレゲエシンガー、グループによって歌われており、結局それらはカーティス・メイフィールド=インプレッションズのカヴァーであったのだ。レゲエという音楽においていかにカーティス・メイフィールドの影響が強いかというのはわかっていたが、Queen Majestyはその完璧な実例だったわけだ。
*
Queen majesty, may I speak to thee?
So much, I've longed (I've longed) to speak, to you alone
True, I agree, I'm not of your society
I'm not a king just a minstrel
With my song, to you I sing
Oh, just a minstrel
In life we're so far apart
Royal queen, I see love in your heart
Your heart, I love you true
Your majesty
Isn't this really true, these things I ask of you?
Oh, oh, majesty, could you really care for me?
As long as you love me
And it won't be so hard
As long as I see love in your heart (your heart)
I love you true (honest I do)
Your majesty
Your majesty, oh, I love you true
Your majesty...
女王陛下、お話させていただいてもよろしいでしょうか?
あなたと二人きりで話すことをひどく切望していたのです
たしかに、私はあなたの社交界の者ではありません
私は王ではない、ただの吟遊詩人
私の歌とともにあなたに愛を捧げます
ああ、ただの吟遊詩人だ
人生において私たちはとても隔たっています
王妃様、あなたのハートには愛があります
あなたのハート、私はあなたを本当に愛しています
陛下
本当にそうでしょうか、私があなたに求めるものは?
ああ、ああ、陛下、本当に私のことを心配してくださるのですか?
あなたが私を愛しさえすれば
そしてそれはそんなに難しいことではありません
あなたの心に愛がある限り
私はあなたを本当に愛しています
Your majesty
陛下、ああ、私はあなたを本当に愛しています
Your majesty...
*
今回、女王陛下の死に際し、改めて歌詞をチェックしてみると原題の"Minstrel & Queen"が気を引く。額面通り受け取るならミンストレル=吟遊詩人が女王に対して恋心を歌った歌ということになる。Minstrelとは、吟遊詩人、中世において宮廷に仕える職業芸人を意味し、また19世紀のアメリカで流行した顔を黒塗りにし黒人の真似をする白人のバラエティショーをミンストレル・ショーと呼んだ。黒人音楽HIP HOPのルーツをミンストレルショーに求める論考を読んだことがある。
またちなみにジョン・レノンの祖父はミンストレル芸人であったという。そもそもなぜ中世の宮廷楽人を意味するminstrelが白人の黒人模倣のショー芸人の呼び名に転じたのか。minstrelは語源として「ラテン語の「召使い」「奴隷」を意味するミニステリアリス(ministerialis)に由来するとされる(wiki)」ともいわれる。とはいえどのみちビートルズをその両義的(多義的)な意味における「ミンストレル」というものの系譜に位置付けることはじゅうぶん可能かと思う。フランス・ハルスのミンストレルの肖像と言ってよい絵をみるにつけ、あるいは白人によるミンストレルショーのポスターをみるにつけ(白人がロックンロール=黒人音楽を演るということ)。
それにしてもQueen Majestyの歌詞は旋律とともに切ない。吟遊詩人の女王陛下への恋慕はポール・マッカートニーのHer Majestyを彷彿とさせずにおかない。圧倒的な身分の違い、絶望的に超え難い階級の壁を自覚しつつ、歌の世界の中でミンストレルは女王に語りかける。Her Majestyでは「彼女」についての語りだが、Queen Majestyでは直接的に「あなた/your majesty」への語りかけである。それがまさかカーティス・メイフィールドの曲とは思わなかったのは、アメリカ人と女王陛下とのミスマッチにもよる。
"Minstrel & Queen"とは階級、生まれ育ちの差によって「叶わぬ恋」のメタファーであるという見方もむろんできる。この曲が書かれた60年代のいまだはじめ異人種間(interracial)の恋愛につきまとう困難というものは並大抵のものではなかっただろうことは想像がつく。
この曲はジャマイカのレゲエシンガーにこそ似つかわしいという感覚は否めない。というのは女王陛下の国イギリスとその植民地であったジャマイカとの関係による。あたかもレゲエになって初めてこの曲は完成したのではないかという気すらしてくる。厳密に言えばレゲエの原型であるロックステディ期にカヴァーされ、レゲエナンバーとして歌い継がれたということになるが。
偶像 (idol)としての女王陛下。恋慕の対象としての女王。近くて遠い存在。遠くて近い存在。アイドルとはそのようなものだ。
芸能(芸能界)の頂点としての王室(皇室)という見方もできるかもしれない。ゴシップというものを考えれば明瞭な通り、それは王制なるもののひとつの核心ではないのだろうか、と。芸能人のきらびやかさ、非日常性、オーラ、それを突き詰めていくと王室に突き当たる。あるいは芸能人のオーラとは王室の分光ともいえるかもしれない。ミンストレルとしてのビートルズは世界レベルのこれ以上はないという人気の頂点を極め、自身がポピュラーミュージックにおける王室のような存在となった。
「女王陛下」の70年にもわたる統治を終えた死にさいして、ビートルズとレゲエナンバーがフィーチャーされるのは大英帝国の植民地主義の歴史を考慮するのであれば少しも不自然ではない。"Majesty"あるいは”Minstrel"を軸にしたときビートルズとジャマイカン・レゲエは近いところにある。ビートルズ最後のアルバム(とあえていうが)における"Her Majesty"とは文字通り象徴的にして、この世の栄華を極めつくしたビートルズの核心部分と言える気がする。ではレゲエ・ジャマイカにとっての"Queen Majesty"とは。そこにはビートルズのようには光は当たっていない。イギリスという国の華々しさの影の植民地支配の歴史を取り沙汰する者は多くはない(メジャーとはいいがたい)。ビートルズの出身地リヴァプールが奴隷貿易の一大拠点であったことを知る者も多くはないだろう。
個人史的に言えば、80〜90年代に英国紅茶をテーマとする父の著作に挿絵を提供するにあたってどれほど植民地支配の歴史を示唆する絵を描こうと結局は古き良きイギリスの物語に回収されてしまうのが常だった。
クイーン・マジェスティ。尊厳と無価値感、支配と隷属、栄光と忍辱、光と闇。再びその歌詞に目を転じ、耳を澄ませて聴く2022年。
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