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埼玉ブロンコスブースター、山口ペイトリオッツを応援する決意表明(後編)

今、振り返る埼玉ブロンコス(旧・さいたまブロンコス)が残したもの

赤のチーム、さいたまブロンコスが走り出して2シーズン目が始まる。 
緑のチーム、埼玉ブロンコスが,、赤のチーム、さいたまブロンコスになって何が残ったのであろうか。 
選手はそれなり残った、ブースターさんもある程度は継続して応援してくれている。 
スポンサーは新たについたスポンサーがほとんどだが、実質、出資されてるオーナーの方の名前は変わらない。
運営スタッフは全員いなくなってしまった。

むしろ失ったもののほうが大きいと思ってる。 
前編でざっくりと緑のチーム、所沢ブロンコス~(旧)さいたまブロンコス~埼玉ブロンコスを紹介したが、24年という時間がそこには流れており、いろんな選手やスタッフが在籍し、チームを離れたり、現役を退いた今でもバスケットボール界で活躍されている方々がいることを忘れてはならない。 
TOKYO2020を観ていてもそうだし、Bリーグで選手やあるいは指導者としてチームスタッフとして、コートに立つ、球団の運営に携わる埼玉ブロンコスの元選手・スタッフは意外といるのだ。 
そう遠くない未来にはその息子、娘もコートに立つ日もくるだろう。 
そういった一切のレガシーを断ち切って走り出してしまったのが
赤のチーム、今の さいたまブロンコス。 
ここからが新しい歴史の始まりというのなら構わないが、そんなチームを応援することは今はできないのが本音である。 
プロ野球でもJリーグでも親会社(オーナー企業)が代わった球団はいくつもあるが、その歴史をリスペクトしたうえで継承しているからこそ線でつながっていくのである。 
残念ながらこのチームをはじめ、日本のバスケットボール界全体としてリーグの編成が変わるたびに歴史や伝統、継承という部分では文化として未熟だと痛感させられる。

一人のOBがつないでくれた人と人との絆

2021年9月17~19日、第97回天皇杯 全日本バスケットボール選手権大会の2次ラウンドが、愛知県蒲郡市 蒲郡市民体育センターにて開催された。 
山口ペイトリオッツは新チームになって初めての公式戦を18日に控えており、その前日練習には中京大学が練習場所を提供していただいた。



山口ペイトリオッツの公式アカウントがつぶやいた前日練習。 
中京大学・松藤貴明監督と共に、山口ペイトリオッツ・成田俊彦代表が1枚の画像に映っているのがアップされた。 
松藤貴秋さんは2001-02シーズンより3シーズン、(旧)さいたまブロンコスで活躍されたOB。 JBL日本リーグ(当時の2部)で連覇を果たした選手で現在は母校・中京大学で指導者として活躍されているほか、
U-22バスケットボール日本代表のアシスタントコーチとして活躍。

この呟きを見て、懐かしさと共に、あの頃の情熱と、人と人とのつながりの大切さを感じました。 
bjリーグ・埼玉ブロンコスが打ち出したキーワードは”KIZNA(きずな)”。 
ことあるごとにこのキーワードを使ってました。 
その目には見えないレガシーはもしかしたら新たに代表として就任した山口ペイトリオッツに受け継がれていくのかもしれません。

さいたまブロンコスはビジネスになるのか?

買収され生まれ変わったさいたまブロンコス。
果たしてこれからビジネスとして成功するのかは現・経営陣の手腕次第だとは思う。B1リーグの一部のチームはビジネスとして成立しているが、果たしてさいたまブロンコスには可能性があるのだろうか。

ホームタウンと位置付けたさいたま市。
2016年3月に「さいたま市国際スポーツタウン構想」なるものが策定されており、さいたま市の成長戦略としてスポーツ観光・産業都市戦略の一つとして『世界が認める日本一のスポーツ先進都市』という目標が掲げられている。
ながながとPDFで20数ページあるので、「さいたま市国際スポーツタウン構想」で検索していただけると閲覧できるようにはなってるので気になる方は見ていただきたい。
最後のほうにスポーツ拠点となる「(仮称)さいたまスポーツシューレ」の構築・設置に取り組むというのがある。さいたま市の取り巻くスポーツ環境に合わせた、市民の日常的なスポーツ活動拠点であるとともに、国際的な利用をも視野に入れ、国内外から本市でのトレーニングを希望する誰もが使えるスポーツ施設を目指し、クラブハウスや宿泊施設等の設備を併せ持つことを想定する。という記載がある。
噂には上がっているさいたま市にアリーナ施設の建設予定、もしこれがさいたまブロンコスが管理指定団体となるアリーナとなれば、ホームアリーナとしては申し分はない。前代表がさいたま市のスポーツコミッションだったことを考えても何ら不思議はなく、2026年のBリーグプレミア構想にも飛び級で参入する可能性もなくはない。オーナーに名を連ねている方は市内の建築事業者で公共事業も請け負っているのでビジネスとしておかしくない。
買収されたのは本来、オリンピックイヤーだったことを考えると、にわかに注目が集まったバスケットボール、さいたまスーパーアリーナの興奮冷めやらぬ中、積極的なプロモーション活動や大型補強なども実現していたのかもしれない。
こればかりは数年後、数十年後まで正解が出るのか出ないのか定かではないが、見守っておくに越したことはない。
3年持てば奇跡といわれた小さなクラブチームがプロのクラブチームとなり、「身の丈の経営」からどう進化していくのか、はたまたどうなっていくのか、これを陰ながら見守る。これが20数年間、ブロンコスを応援してきたブースターの今のスタンスだということを記して〆たいと思う。

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