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20代を振り返って

30歳になったから(あと3か月で早くも31歳だけど)、20代の10年間を客観的に振り返って記録に残そうと思った。

少々長い自分語りになってしまうけれど、足跡としてまとめてみます。


20代として過ごした10年間は一言で言えば人格形成の期間だった。

なぜなら、高校までのわたしは井の中の蛙。しかも育った環境はなかなか'クセ強'な井戸だった。

産まれたときから母親だけの片親の家庭。兄とは仲が良かったが、3人家族の我が家では母の独裁政権だった。正しいこともあったと思うけど、不条理なことも沢山あった。今思えば愛情表現が不器用で自分を曲げない母は、自分はやりたい放題しながらわたしたち子どもを自分の思い描いた方向へ向かわせようとしていた。それがわたしの心の歪みを産んだ。しかしどこかで冷静なわたしは、"母のおかげで金銭的な面で不自由なく暮らさせてもらってるし耐えなければならないのだ"と、ひっそりとインターネットの海に愚痴を書いたりしてやり過ごしていた。


鬱屈した10代。友達はいるにはいたけれど、心からの悩みを話して分かち合える友達はいなかった。母の当たり前、我が家の当たり前が世の中の当たり前じゃないことを学校という小社会の中で知った。その度、"わたしは普通じゃないんだ"と傷ついたりもした。


高校を卒業して大学に入学。5月に誕生日を迎えてすぐに19歳になった。

大学入学と同時に初めて実家を出て兄との二人暮らしを始めた。独裁政権からの解放。初めての自己選択の連続。わたしは本当に世間知らずの、常識知らずの人間だった。他人の気持ちが、他人の当たり前が全然わからなかった。そのくせ変なプライドがあって、関わってくれた人に迷惑をかけたり、困惑させたり、傷付けてしまったりした。

そんな中、兄との二人暮らしは1年で終わり、20歳からわたしは本当の意味で独り立ちをスタートした。


わたしは大学生活の中で、人間関係を学んだ。自分の律し方、立ち振る舞い方も学んだ。いろんな人を観察して真似をしてみた。何度も失敗する自分にウンザリしたし、いわゆる'メンヘラ'な態度で他者を振り回してしまったこともあって、度々自己嫌悪感が押し寄せてきた。それでもわたしを見捨てずに遊んでくれたり、ご飯を一緒に食べてくれたり、話を聞いてくれたりする人たちがいた。サークルの人、学部(某大学では学群や学類という名称だった)の人、バイト先の人。本当にたくさんの人たちに支えてもらって、自分で言うのもアレだけれど、かなり人として成長することができた。人を傷付けないで、なるべく迷惑をかけないで生きる方法がわかってきた。

大学生活で関わってくれた人たちには本当に心から感謝を申し上げたい。同期、先輩、後輩、一人ひとりに謝って回りたいし、"ヒトデナシでだらしないわたしに関わってくれて本当にありがとうございました"と言いたい。

当時恋人だった人たちにも。


私の学生生活は大学院まで続いた。大学4年間のだらしない自分にケジメをつけるべく、大学院ではそれなりに真面目に講義を受け研究した。大学時代に諦めかけた教員免許状もなんとか取得した。


その後わたしは教員の道を選んだ。選んだというと語弊があるかもしれない。それしかなかった。25歳で初めて社会人となり、大学での勉強や経験を生かして仕事に取り組んだ。この頃にはかなり人間関係をうまく築いていくスキルが身に付いてきた。それでもだらしない一面はあって、初年度は寝坊して遅刻したり休んだりすることがあった。

仕事は体力的にキツイ面もあったけど、やりがいがあって楽しかった。


社会人3年目くらいになってくると、仕事の見通しが立てられるようになってミスも減ってきた。その一方でだらしない私生活へのモヤモヤが増していった。大学生の頃から同棲していた彼氏。"いつまでこんな生活が続くのだろうか"と不安に思った。決定的な嫌なことはなかったが、相手が特殊な人生を歩んでいる故にどこまで自分の感覚を強要していいのかわからなかった。支えていくことが美徳だと思った。しかし自分だけでもできるだけ規則正しい生活をしたいという思いが年々募っていた。


社会人5年目になる直前。わたしは意を決して同棲を解消した。これはわたしのためであり、相手のためでもあると思った。不健全な依存関係はどこかでケジメをつけなければいけない。結婚を意識してずっと付き合ってきたけれど、もう限界だった。


そんな折に夫と出会った。年下だけどとても真面目でしっかりしている人だった。話せば話すほど、わたしの理想の結婚相手だと感じた。わたしたちは出会って半年で結婚した。コロナ禍での出会いと結婚であったが、そんな中でも幸せに暮らすことができている。


今までわたしは根底に"自分は普通じゃない"ということをコンプレックスに生きてきた。でも、そのコンプレックスを補うために"どうしたら普通になれるのか"考えながら、いろんな人を観察してきた。20代の10年間、自分が'普通の人'としてやっていけるように人格を形成してきたことで、今、色々な人の気持ちが推測できるようになり、人と人との間を繋いだり調整したりすることが得意になってきた。そういうお節介なところは母親ゆずりなのかもしれない。

今は、母親に対して10代の頃から抱いていた嫌悪感はなくなった。あんなに嫌だったのに、意外にもスッと許すことができた自分に驚いた。


今こうして幸せだから、全てに感謝できる。


本当に、心から、今日まで関わってきてくれた人に感謝申し上げます。


10代のわたし、20代のわたしよく頑張ったよ。多分、ちゃんと変われたんだと思う。


30代も人に感謝して、充実した日々を送ります。


Creepy Nuts / のびしろ
https://youtu.be/7F_un08wc5A

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