回収しない伏線
昔、働いていたラーメン屋の上司に石井さんという男がいた。
石井さんは、口が達者で、40代後半にも関わらず髪が長い。常にバンダナを巻き
店の帽子を被って、葱やチャーシューを刻む。
色々と経験豊富な方で、副業で音楽活動、主に作曲活動をやっていた。
どうりで髪が長いわけだ。ちなみに、歌も上手い。
アニメや映画、特撮も好きで、見た目は完全なおっさんだが、少年のような人だった。
昭和のアニメや時代、風景は石井さんに教わった。
仕事中、仕事終わり、良くアニメの話で盛り上がり、帰る時間が遅くなったこともしばしば。
20歳も離れているのに、上司というより、友達に近い感覚で接していた。
知れば知るほど、興味が湧く人だった。
ただ、仕事がとにかく雑であった。THE大雑把。
ただ、雑なのが良いこともある。雑が故に、汚いがとにかく早い。
他のオーダーが無い時は注文を受けてから、お客様にラーメンを出すのに3分とかからない。石井ラーメンはカップラーメンより早い。とよく豪語していた。
僕が少しふざけたことを言うと「やかましい」とよく一蹴した。
僕は続けて「あつかましい」と言うと石井さんは「かしましい」と言う。
僕は更に「憎たらしい」と言うと、「あ?なんだって?」と言って
~しい合戦のやり取りは終わる。もう少しラリーを続けたくなるが、大体1、2周で終わる。
一日に、2、3回はこの合戦は繰り広げられていた。石井さんは決して乗り気では
なかったと思う。根っからのノリの良さと、若造のしょうもない小ボケに仕方なく付き合ってやるかの、1、2周。あくる日、いつものように石井さんが何かの拍子に
「やかましい」と言う。僕は少し斜め上から「オロナミンしい」と言うと、石井さんは
更に穿った目線で切り出す。
「俺はどうやら大きな過ちを犯してしまったらしい」
この意味のないやり取りにも事件性が生じてきた。僕は咄嗟に「車上あらしい?」と
無理矢理繋げる。すると石井さんは
「そう、俺がナンシー」と陽気に言った。
いや、誰やねん。
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