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世界遺産紹介(8)熊野本宮大社(和歌山県田辺市本宮町)

ブログに寄っていただきありがとうございます!
ユウキです!

このブログでは世界遺産についてシリーズ的な感じで、紹介をさせていただいております。
できれば(1)~(7)までのブログも読んでいただけると嬉しいです!

で、今回なんですが…和歌山県の熊野本宮大社をご紹介したいと思います。
お付き合いいただけますと幸いです。
(余談ですが冒頭写真は私が撮ったものです。大社入り口(鳥居)ですね)

基本情報から

熊野本宮大社は、熊野三山(あとの二つは、熊野速玉大社〈新宮市〉、熊野那智大社〈那智勝浦町〉)のうちの一つで、全国に3000社ある熊野神社の総本宮です。
「紀伊山地の霊場と参詣道」として、熊野三山、吉野・大峯の霊場、高野山とそれらを結ぶ参詣道などと共に、2004年に世界遺産に登録されました(2016年に登録範囲が拡大されております)。
熊野本宮大社の主祭神は、家津美御子大神(すさのおのみこと)。木の神ということで、 自身の御毛を抜いて木を育成させた、という神話があるそうです。


熊野本宮大社本殿
(無料素材サイトより)

熊野古道との関係

古代から中世にかけ、熊野三山の信仰が高まり、多くの人々が熊野を参詣していたそうです。「蟻の熊野詣」と例えられ、多くの人々が切れ目なく熊野に参詣したということ。
そんな人たちが歩いたであろう道が、こちらも世界遺産に登録されている、「熊野古道」です。登録されているのは、田辺から熊野本宮に向かう中辺路(なかへち)、田辺から海岸線沿いに那智・新宮へ向かう大辺路(おおへち)、高野山から熊野本宮へ向かう小辺路(こへち)で、参詣者が最も多く歩いたといわれているのが中辺路なのだそうです。

その熊野古道、実際歩かれたことのある方はご存じでしょうが、「王子」という名の付く場所が至る所にあるんですね。
これはどういう事かといいますと…

「王子」とは、熊野の神様の御子神(神社において親子関係にある神が祀られる場合、子に当たる神)を祀った場所です。12世紀から13世紀にかけて、上皇や貴族たちがこぞって熊野詣をしていた時代、先達を務めていた修験者たちが道中の守護を祈るために、地元民が在地の神を祀るために立てていた社を「王子」として認定したそうです。熊野詣の参詣路には、今も100以上もその王子社があるのだそうです。


熊野古道は、こういった道がずっと続くようです。
これを見て歩きたくなりましたか?
私は次回、ぜひ挑戦したいです。
(こちらの写真も無料素材より)

熊野本宮大社までの道程と、もう一つの鳥居。

私が熊野を訪れた時は、田辺の町からバスで本宮大社へ向かったのですが、その道中、熊野古道ツアー客を多数見かけました。
私と同じバスに乗って移動し、途中で降りて、熊野古道へ・・・という所でしょうね。外国人の方々もかなりの数いました(2016年の話です)。
…えっ、私ですか?さっきも述べたようにバスで向かいました。決して体力に自信がなかったとかではなく、旅程の都合でどうしても…。
今度はぜひ歩きます!!!(←このビックリマーク三つがやる気の証です(笑))

まあ冗談はともかく、そうして私は本宮大社へやってきました。
バスを降りた先で、大鳥居が出迎えてくれます。
…が、実はですね、熊野本宮大社には、もう一つ鳥居があるんですよ。
それがこちらです。


こちらは私が撮影したものです。

こちらは大斎原(おおゆのはら)といって、かつて熊野本宮大社があった場所。川の合流点にあたる中州に、社殿があったんですね。
江戸時代までは中洲への橋がなくて、参拝に訪れた人々は歩いて川を渡り、着物の裾を濡らして参拝していたそうです。川の水で身を清めていたんですね。
その社殿が今の位置に移ったのは、明治22年(1889年)のこと。8月に起きた大水害により、本宮大社の社殿は川に呑み込まれ、社殿の多くが流出したのだそうです。水害を免れた4社を現在の熊野本宮大社がある場所に遷座したのだとか。自然災害の歴史も経て、現在の社殿があるわけですね。


田んぼを間に挟んだ位置からでも、
こんなに大きく見えるんですからね。
とてもデカい鳥居であること、ご理解いただけるかと思います。(こちらも私自身撮影)

参拝へ

さて、参拝の方ですが、杉木立の中の、「熊野大権現」の奉納幟が立ち並ぶ158段の石段を歩いていくことになります。参道の中腹には、祓戸大神というものがあって、そこでまずお参りをし、身を祓い清めるということ。
さらに上に手水舎があり、手と口をよくすすぎ清めます。そして参拝へ、というわけですね。

そうそう、忘れるところでしたが、この本宮大社には、もう一つ見るべきものが。それがこちらです。


無料素材サイトより

真っ黒な姿が特徴のこちらは、「八咫烏(やたがらす)ポスト」です。社務所前のご神木の下にあって、私的にはこれも見学してほしいスポットの一つです。
八咫烏は古事記や日本書紀に登場する神の遣いで、またその黒色は全ての色を合わせた尊い色でもあり、本宮の大地を象徴する神聖な色でもあります。八咫烏は日本サッカー協会のマークとして認識している方も多いのではないでしょうか。
そのポストの傍のご神木、多羅葉の木は、葉の裏に爪などで文字を書いていたことが葉書の語源となっていて「葉書の木」「手紙の木」とも呼ばれているのだとか。実際ね、社務所で葉書として投函できる八咫烏ポスト絵馬を売ってるんですよ。興味ある方はぜひ投函してみてください(社務所に「出発の地より心をこめて 熊野本宮」というスタンプもあるようですよ)。

これ、完全な裏話ですが、私も実は八咫烏ポストから、母親に手紙を出しました。ちゃんと届くかどうかの実験もありつつ、送りたいメッセージもあったので。
ちゃんと届いて喜んでもらえたのはここだけの話です。
(というか当時私は実家に住んでましたし、一緒に住んでて手紙って何なんだ、って気もするのですが(笑))

湯の峰温泉

本宮大社を語るうえで欠かせない場所を、もう一つご紹介いたします。

バスで本宮大社からおよそ10~15分程。熊野詣をする人たちの湯垢離場(ゆごりば)となっていたのが、湯の峰温泉です。
約1800年前に発見されたという日本最古の温泉で、川沿いの500メートル程のエリアに宿が集まっています。
もし可能であれば地図を見てほしいのですが、この湯の峰温泉から本宮大社へも、熊野古道がつながっているんですよ。本宮大社とは深いつながりのある場所なんです。


自身撮影。
少しぼやけて見づらいかもしれませんね。
このように日本最古であることを示すものがあります。

そしてそして、この湯の峰温泉にも、実は世界遺産に登録されている場所があります。それがこちら。


無料素材サイトより

・・・えっ、温泉?と思いますよね。
そうなんです、これが世界遺産なんです。
天然の岩風呂である「つぼ湯」は、1日に7度も色が変化すると言われている神秘的な湯船で、世界遺産としては唯一の入浴できる温泉として登録されています。

実は私、この湯の峰温泉の宿に宿泊しております。で、つぼ湯はといいますと・・・実は混んでいたので断念したんですね。…入りたかった…。次は絶対入ります。というかもうそれ目的で行かないと、ですよね。

湯の峰温泉の他にも、紀伊半島には魅力的な温泉地があります。
熊野古道巡り、熊野三山巡りと併せて楽しんでみてください。


こちらは翌日朝撮影したものです。
ちなみに中央に写ってる赤い物体は、
私の荷物です…失礼。

リンクとアクセス

熊野本宮大社までは、JR紀伊田辺駅、または新宮駅からバスで行くことができます(所要時間共に1時間~1時間20分程)。詳細はバス会社ホームぺージご覧ください。
熊野古道散策の方はモデルコース等詳細情報ご覧ください。

湯の峰温泉へは上記の本宮大社方面行きバスにご乗車ください。
本宮大社からだと湯の峰温泉へはバスで10~20分程(路線により時間違います)。詳細はバス会社ホームページにて。


本宮大社、そして周辺施設等の情報はこちらから↓


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