「冬の森」第9話
第9話 冬のニセコ
五年前、朝陽と初めて出かけた北海道。
晴天率の低いニセコが珍しく晴れた日の夜、
星と月の明かりだけで地面の雪の白が浮かび上がる。
星は赤、青、ゴールド、いろんな色にキラキラ輝いて、白と黒のコントラストで半円を描く。
「地球って丸いんだ。」を実感した。
お昼には山頂でふたりして子どもみたいに雪のかけあいっこをして寝転がった。
雪が結晶の形のまま降り注ぐ。
スターダストが空気中を真昼の星となって浮遊する。
自身が誰なのかも本当に生きているのかも現実でも想像でももうどうでもよくなっていた。
「森の木たちってさあ、根っこで育った菌類でつながってて、
木の種類が違っても炭素や窒素をお互い譲り合っているんだよ。」
朝陽は時々理科的なことを叙情的に話す。
「ほら、映画のさあ、アバターに出てくるマザーツリー、森の中の精霊とつながれてて。
たぶんヒトも一緒だよ。脳内神経細胞が引き合うものは離れていても、どこかで必ずつながれてる。」
ホテル内のライブラリーは中央に大きな暖炉があって宿泊客が思い思いに過ごす。
薪がパチパチ弾ける音、木の香り、揺らめく炎、
そして無数の本とレコードたち。
外が吹雪の日はここで過ごした。
チョイスしたレコードが機械的にプレイヤーにセットされる。
針が落ちるプツって音。心地よい微かなノイズ。
「CDってね、20Hzから20000Hzだっけな?人間が耳で聴こえる音域だけをデジタル収録してるんだって。」
小さく流れているジャズのリズムを体で取りながら朝陽が話し出す。
「そうなの?耳に聴こえる音だけが音じゃないよね、きっと。」
「うん。音楽って音と音との間合いにある何かがグルーヴを生んだりね。」
と、言いながらソファーに置いてあったウクレレのペグをきりきりと回す。
「時々ね、不安に思うの。わたしの見ている色と他の人が見ている色って本当に一緒かしら?って。」
「聴いている音も見ているものも他の人たちと共有してるって思い込んでいるだけなのかもしれないね。そう思うとちょっと怖いよね。」
彼は物憂げにそう答えて、古い曲をポロンポロン弾きながら静かに歌い出した。
退屈していた人たちが近くのソファーに移動してミニコンサートになった。
この日は夜もずっと吹雪いて窓の外が真っ白だった。
いつもは軽やかに言葉を話す朝陽が何か言いよどんでいるのを感じた。
「里奈、一緒に暮らそうよ。」
と、じっとわたしの目を見つめて小首を傾けながらつぶやいた。
考えてもいなかったというのは嘘。
でも待ち焦がれていたわけではない。
確かに言えるのは一度つながれた手はもう離せないということ。
窓の外は風が収まり粉雪に変わっていた。