夫婦の傷と婚外恋愛。

夫婦の傷。

夫とはかれこれ20年近くを共に過ごし、いいこともわるいことも含めたくさんのことを共に味わった。

わたしは20代前半で摂食障害を患った。

ずっとスポーツをやってきて、大学を卒業して実業団へ就職した。

勝つことへのプレッシャーと、監督や仲間との思いの違いなど、身体的なもの精神的なものの負担が大きくなっていった。

もともとメンタルも強くはないけれど、自分にはそれしかないと思い込んでずっと頑張り続けた。

勝たないと自分の居場所がなくなる。

そんな焦りや緊張感がいつもあった。

監督と寝た。
初めてだった。
大学1年の冬だった。

いつしか無力な自分を責め、自分の尊厳やパワーを失い、監督の下で奴隷のようになっていった。

それは社会人になっても続いた。

社会人1年目の大事な試合で負けたときの監督からの言葉で、張りつめていたものがぷつんと切れた。

それが摂食障害のはじまりだった。

勝つこと、監督の思い通りに動くことを求められ、埋まらなかった承認欲求。

勝つことへの限界が見えたときの挫折とその行き場のないエネルギーは、ダイエットに向かっていった。

最初はみるみる痩せていき、停滞すると、食欲が増してきて食べて吐くようになった。

ただただ痩せたかった。

出口の見えないトンネルを彷徨うようにわたしは転落していった。

夫と付き合い始めて2年半。

大学を卒業して同棲してしばらく経った頃だった。

夫との将来を考えて、夫にわたしは摂食障害になったのかもしれないと打ち明けた。

このまま、一緒にいるか、別れるか、どうする?と聞いた。

すると夫は

「大変かもしれないけど、2人で一緒にこれを乗り越えたら、きっと素晴らしいものが残るんじゃないかな」と言ってくれた。

それから、夫は良い時も悪い時も一緒にいてくれた。

たくさん迷惑をかけたし、心配もかけた。

デートのときも、結婚式の前日も、新婚旅行も、いつの日も、わたしは摂食障害とともにあった。

楽しいはずのイベント。
その裏で過食嘔吐という影はいつもつきまとってきた。

異常なわたしの行動に、夫はいつも何も言わなかった。

励ますことも止めることも諭すこともしなかった。

どうして良いのかわからなかったのかもしれないが、それがありがたかった。

楽しかったはずの恋愛が苦しかった。

夫は優しかった。
けれど、いつのまにか、2人の間には緊張感が漂うようにもなっていった。

無意識に気を遣っているのが伝わってくる。

どうしようもなかった。

普通になりたい。

それがわたしの当時の願いで、ただ普通にデートしたい、普通に食事を楽しみたい、ただただ普通に。それが普通にできなかった20代。

それから数年、治療やカウンセリングを受けて、回復してこどもを授かることができた。

30代は妊娠出産子育てを通して、わたしにとっての普通。をなんとか取り戻した。


そして、わたしは今青春を取り戻したいのかもしれない。

先日夫の試合を見にいった。
過去の記憶を思い出して、胸が苦しくなった。
夫と出逢ったきっかけになった競技。
いろんな思い出が蘇り、自分の闇をかこうとすると、なかなか書けなくなる。

アプリを開いては閉じを繰り返し何日もかかった。


痛みも愛や慈悲を学ぶ貴重な体験であり、そして夫が言ってくれた通り信頼と絆が残った。

そして夫婦の傷でもある。

簡単には消えないと思うけど、もしかしたら、きっと夫はそんなことはもう気にしてないかもしれないけど。

いつの日も寄り添ってくれた夫には感謝しかなく、

この挫折の経験が今のわたしの原動力にもなっている。

夫婦でしあわせになる。

と誓い合い、わたしたちのしあわせのカタチ。を目指している同志のような存在で、

わたしに恋人がいても、それは特別なことではなくて、一緒に生きてきた過程の中ではいたってシンプルな結果なのかもしれないと最近は思う。

拙い文章ですが
最後まで読んでくださりありがとうございます。

広末ゆかり




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