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9月24日の野尻抱影さん話




秋生まれな自分
ここ数年、誕生日に図書カードを頂戴している

普段読みたい本を読みたい度に買うことはできないので、親愛なる図書館様に大変お世話になっているのだけど、どうしても手元に置きたい本があると、ホントにホントに欲しいのかの自問を数回繰り返した後、本屋さんのレジで意を決してカードを切る


去る初夏に、去年頂いたカードで、「星三百六十五夜」の春夏編と秋冬編、2冊を手に入れていた






明治生まれ昭和初期の文学者、随筆家、冥王星の名付け親「星の抱影」こと野尻抱影さんの短い文章が1年を通し日付ごとに綴られている

せっかくだから、その日のページを開いてそこだけ嗜むという贅沢をしている

毎日読まないので、数年間は確実に楽しめそう 
(=手元に本がある幸せ噛みしめる)


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今日の抱影さん

秋の虫の音のお話だった


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『私の家は旧郊外の住宅地で、木立も深く、草むらも多いので、以前は小鳥がよく来たし、秋は虫がよく鳴いていた。夜が更けるにつれ、庭じゅうが虫の声となって、耳を澄ましていると、それがもつれあって、中には高く波状によれて昇って行く声もあった。ただ、あの鼓膜を打つようなスイッチョだけは、いつごろからか聞かれなくなった。…』


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好き

やっぱ
好き過ぎる抱影さん

文章のそれも(ペンネームセンスも)
然ることながら、
『スイッチョ』て

それって
鈴虫をチンチロリンて呼んじゃうパターンのやつじゃん
蚊をプゥンプゥンて呼んじゃうパターンのやつじゃん
蝶をてふてふって呼んじゃうパターンのやつじゃん

そーゆーの好き



しかし、、

スイッチョとは何者だ?

文章の後半、他の方も『スイッチョ』と言っている

俗名なのかな。。

調べたら、
馬追(うまおい)というバッタさんだった

知らなかったよ
スイッチョ

(スイッチョ沼)


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野尻さんのお話は、東京清瀬にある当時のサナトリウムでの出来事に続いていく


野尻さんはその夜、退所間近の方々を対象とした星の会をされた後、門まで見送られる途中、虫が(町では失われた自然が)多く存在するこの環境を讃えるように「これを毎晩聞けるのはうらやましいな」と、委員の方に伝えてから言葉にした事を悔やむ



『…つい同情のないことを言ったと後悔して、病舎のあちこちの青いカーテンからもれる灯に目をやった。門の外の往来でバスを待つ間も、あたりは盛んな虫の音だった。』


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全然規模や重みは違うし短い期間だったけども、わたしもかつて隔離施設にいた事がある。(化学物質過敏症のため)

その時にそう誰かに言われたら
「好きでここにいるんじゃないよ。」と、思ったかもしれない

でも、きっと、野尻さんは他意なく、この自然の豊かさを誉めてるんだなぁ。と、その声のバイブレーションから察知することが出来たら、特に気には掛けないだろうな。とも思った


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声や言葉にも出自(出身地/層/グラデーション)があるように思う


谷川俊太郎さんの詩
「耳をすます」を
読み返したくなった

秋は、空気も空も澄むから
何かと「すます」のに
いい季節っぽいな





〈追記〉 
鈴虫は別名「月鈴子」(げつれいし)と呼ぶのだそうです




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