あしたはミラクル「テレビ東京最後の日」
《あらすじ》
テレビ東京がなくなってから30年。最後の番組(明日の天気予報)を担当した新人アナウンサーだった結城一路は、今は地方の街のコミュニティFM局のメインパーソナリティとなっていた。気象予報士の新谷つばさとぶつかりながらつくった最後の番組。その彼女の訃報にふれ、結城はあの日を振り返る。あの日彼女は、天気予報は漁に出る人たちなどにとっては命予報だと言って、テレビ大好きで人より努力に努力を重ねてせっかくアナウンサーになれたのにとふてくされて天気予報など眼中になかった結城の態度を叱った。彼女と番組をつくる過程で、彼女が、あしたが来ることがどんなにミラクルなことなのかということを伝えたくて天気予報をしているという言葉に深い感銘を受けた結城は、その後気象予報士の資格を取り、みずから故郷の街にコミュニティFM局を開局して、街の人々へ今日という日の大切さを伝えるべく、彼女への想いを胸の奥深くに秘めたまま今日もマイクの前に座っているのだった。
《シナリオ》
◯墓地
ある墓石を見つめている結城一路(53)。
◯青空にタイトル
「あしたはミラクル~テレビ東京最後の日~」
◯暗転しテロップ
「三十年前」
◯テレビ東京・全景
◯同・一室
ホワイトボードに書かれた文字。
「テレ東最後の番組。明日の天気予報番組打ち合わせ」
室内にはひとりだけ、椅子に座って台本を読んでいる女性がいる。
気象予報士の新谷つばさ(28)。
◯同・廊下
隅っこでスマホの電話を受けている一路(23)。
一路「そうですか……わかりました。失礼します」
電話を切って舌打ちする一路。
壁にもたれかかって、うなだれる。
◯同・一室
一路が入ってくる。
つばさが立ち上がり、頭を下げる。
一路、軽く頭を下げ、つばさの向かいの席に座ると、スマホをいじりだす。
つばさ、意に介さず、座る。
沈黙の時間が流れる。
一路、ふと気づいて、
一路「あれ? 遅いな」
つばさ「始めてますか?」
一路「ああ、そうですね」
と、目の前の台本をパラパラとめくり、閉じる。
一路「(鼻で笑う)」
つばさ「(真顔で見てる)」
一路「わかりました」
つばさ「何がでしょう」
一路「いやだから、明日の天気予報は(台本をめくって)えっと、新谷さんです、ってぼくがふって、あとは閉めるだけでしょ」
つばさ「ええ」
一路「わかりました」
つばさ「何がでしょう」
一路「はい?」
つばさ「何がわかったのでしょう」
一路「聞いてました? 台本に書いてあるじゃないですか。ぼくのセリフはそれだけですよ」
つばさ「そうですね」
一路「うん。だからわかったと言ったんです」
つばさ「それでいいんですか?」
一路「いいんですかって、いいも悪いも、台本通りですよ」
つばさ「最後の番組ですよね」
一路「そうッスね」
つばさ「それで思い残すことはないんですか?」
一路「思い残すも何も、入社して半年も経ってないんですよ。せめてものあれでってよくわからない理由を部長に言われてこれやるだけですよ」
つばさ「あなたは何のためにアナウンサーになったんですか?」
一路「はあ?」
つばさ「アナウンサーになった理由」
一路「何であなたにそんなこと言わなきゃいけないんですか?」
つばさ「言えない理由なんですか?」
一路「いやちょっと、そうじゃないですよ。いちいち何で一度か二度と会ったぐらいのあなたにわざわざそんなことを言わないといけないのか、ってことですよ」
つばさ「三度会ってますよ」
一路「えっ?」
つばさ「お会いするのは、三度目です」
一路「そうでしたっけ?」
つばさ「確かです」
一路「そうだったかな……それは失礼……しました」
つばさ「いえ」
一路「まっ、あれですよ。ぼくが言いたいのは」
つばさ「(遮り)何でアナウンサーになったんですか?」
一路「(もうめんどくさいので)テレビが好きだからですよ」
つばさ「なら、それを伝えましょうよ」
一路「なんで?」
つばさ「最後だから」
一路「よくわからないな」
つばさ「最後なんですよね。テレビ東京の最後の番組なんですよね。だったら、テレビ東京ってどんなに素晴らしいテレビ局かって伝える最後のチャンスってことじゃないですか」
一路「天気予報で?」
つばさ「天気予報、バカにしてます?」
一路「まさか……そんなつもりで言ったんじゃないですよ」
つばさ「天気予報ひとつで、命を落とす人もいるんです」
一路「おおげさな」
つばさ「(カチンときて)たとえば漁師さん。生活どころか、命に関わってきますよ。わかりませんか?」
一路「(言葉もない)」
つばさ「外仕事している人々は、天気予報を祈るような気持ちで見ています」
一路「……」
つばさ「あした運動会の子どもたち、覚えてませんか? 天気予報をどんな気持ちで見ていたか」
一路「……」
つばさ「確かに、今はスマホを見ればすぐに天気は調べられます。テレビの天気予報はその役目を終えたのかもしれません。だからと言っていい加減な態度でやっていいってものでもありません」
一路「別にいい加減な態度でやろうなんて思ってないですよ、失礼じゃないですか」
つばさ「そんな風に見えましたけど」
一路「ちょっとあなたね」
つばさ「新谷です」
一路「は?」
つばさ「新谷つばさ、です」
一路「そう……ではね新谷さん」
つばさ「はい」
一路「ぼくはね、人の何倍も努力してようやくこのテレビ東京のアナウンサーになったんですよ。奇跡のような倍率ですよ。それが半年もしないうちに無職になるんです。やってられないでしょう」
つばさ「それはあなたの問題で、観ている人たちにとってはまったく関係のないことです」
一路「そりゃそうだけど」
つばさ「本音が出たじゃないですか。それをわたしは言ったんです」
一路「(憮然)」
つばさ「(可哀想になって)ごめんなさい。わかります、あなたのやりきれない気持ち」
一路「結城です」
つばさ「えっ?」
一路「結城一路、です」
つばさ「ああ」
一路「……」
つばさ「……」
ふたり、プッと笑い合う。
一路「そうですね、あなた……いや、新谷さんの言う通りです。これはチャンスですよね、テレビへの想いを伝える」
つばさ「そう思います」
とそこへようやくプロデューサーらスタッフがぞろぞろと入ってくる。
◯テロップ
「そして……」
◯テレビ東京・屋上
「明日の天気予報」が始まろうとしている。
一路がいる。
つばさがいる。
スタッフらがまわりにいる。
◯テレビ画面
つばさの天気予報の画面の片隅に次々と現れてくるテレビ創成期からの天気予報の懐かしい映像。
その懐かしい映像の向こうに、きっと視聴者は、家族とともに過ごした数々の時間を思い出していることだろう。
そう、テレビは、ずっと家族と共にあった……
× × ×
一路「以上、明日の天気予報をお伝えしました。これをもちまして、テレビ東京の放送は終了いたします。長きに渡り、テレビ東京をご覧いただき、誠にありがとうございました。わたくしごとですが、テレビが大好きで、テレビの世界にあこがれて、テレビにしかないぬくもりを伝えたくて、何よりテレビ東京が大好きで、夢が叶ってこのテレビ東京のアナウンサーとなりましたが、それも今日で最後となります。短いあいだでしたが、夢見続けたテレビの世界にたずさわれてしあわせでした。この経験を活かし、これからの人生を歩んでいきたいと思っています。ほんとうに、ありがとうございました……」
◯墓地
一路(53)が手を合わせている。
墓石には、「新谷家」とある。
◯(回想)テレビ東京・一室
一路(23)につばさがレクチャーしている。
ホワイトボードに書かれた言葉たち。
「天気予報とは何か?」「気象予報士とは何か?」「世界の異常をいち早く知るカナリア的存在」「予報の歴史と意義」「あしたはミラクル」
つばさがここ大事とばかりに、「あしたはミラクル」に二重線をペンで引く。
つばさ「毎日奇跡は起きているんです。太陽があって、月があって、地球は傾いていて、隕石は衝突しなくて、実はものすごいスピードで移動している銀河系の先には何もなくて、ミツバチたちはちゃんといて働いてくれているからさまざまな食物を食べることができて、奇跡がいくつもいくつも重なって、それがずっと続いて、あしたは来るんです。それは風に感じたり、空の色が青であることでわかったりするんです。わたしはそれを伝えたくて、気象予報士になったんです……」
(回想終わり)
◯墓地
墓石を見つめている一路(53)。
◯(回想)テレビ東京・屋上
最後の番組が終わって去りがたく、一路(23)とつばさは残って屋上からの景色を並んで眺めている。
一路「新谷さん、結婚されてたんですね」
何かに光る、つばさの指の結婚指輪。
つばさ「残念ね」
一路「ほんとそうすッスよ」
笑う、ふたり。
(回想終わり)
◯コミュニティFM局・外観
看板「FMみらくる」とある。
◯同・ブース
一路(53)がマイクに向かっている。
◯街中のとある喫茶店
一路の声が流れている。
カウンターの客がマスターに話しかける。
客「これラジオですか?」
マスター「ええ、地元のね」
客「ああ、コミュニティ何とかってやつ」
マスター「そうです」
客「この街、どこに行っても流れてますよね」
マスター「そうですね」
客「そんなに面白いんですか?」
マスター「ええもちろん。それに、今日という日がどんなにかけがえのない日なのかを教えてくれるんですよね、このラジオは。風がなかったり、おだやかだったりすれば、月の存在を知ることができますし、強ければ季節の訪れを知り、それは地球が傾いたままだとわかりますし、空が青ければ太陽のひかりはちゃんと届いていることがわかります」
客「なるほど」
マスター「テレビというものがなくなった今、家族が集まれる場所というものが失われてしまった。むかしはテレビの前がそうだった。このラジオのある番組が、今その役割を果たしていたりするんです」
客「どんな番組なんですか?」
マスター「家族ラブレターという番組です。投稿された家族宛のラブレターが読まれるんです」
客「へえ~」
マスター「わたしも投稿してるんですけどね。家族の誰かが投稿してるんじゃないかってドキドキしながら聴いてるんですよみんな」
客「うんうん」
マスター「何回読まれたかで、その深い愛情がわかるって、街の人たちから尊敬されたりしてね」
客「それはいいなあ」
◯コミュニティFM・ブース
一路が楽しそうにマイクに向かってしゃべっている。
(終わり)
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