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女王殺しと沼地の怪奇
「皆が貴女を何も出来ない小娘だと思っている、だから―」
ソフィアは寝台に横たわる病身の母がその言葉の続きを発するのを待ったが、それは永遠に叶わなかった。動かない母の瞳にはまだソフィアの姿が映っていたが、もう何も見えてはいない。
翌日、母の遺体は金糸の刺繍が施された白布に包まれ、マーシュ家所有の鬱蒼とした森の中にある沼地に沈められた。
親族と弔問客が見守る中、深緑の水面は天鵞絨がたわむように母の体を包み、吞んでいった。
人々が白い花を水面に投げ入れると、花はしばし揺蕩い、やがて貪欲な深緑に呑まれ母の後を追った。
それが、代々マーシュ家の女達に行われる葬儀だった。
幼い頃、姉の葬儀で初めてそれを目にし怯えるソフィアを宥め祖父は言った。
「マーシュ家の女は代々短命だが、沼底で新しい生を得て妖精の女王が統治する美しい楽園で苦しみなく暮らすんだ。これは遠い昔、ご先祖様が女王の娘の命を助けた褒美として特別に許された祝福なんだよ」
母の葬儀が終わり、父に促されてもソフィアは沼地から離れなかった。気難しい娘のために心を砕くことに疲弊した父は、彼女を一人置いて弔問客らと共に屋敷の方へ帰っていった。
皆が貴女を何も出来ない小娘だと―
独りになって母の言葉を思い出し、ソフィアの中に惨めさと強い怒りが沸き上がった。足元の草葉を力任せに引きちぎり沼に投げつけ叫ぶ。 「嘘だ!」
楽園がこんな冷たく淀んだ沼底にあるものか。母は―私達はまるで生贄か供物ではないか。
彼女は草葉で汚れ切り傷がついた手を握りしめ、母が死んでから初めて流した涙をぬぐった。
顔を上げると、目の前の水面から何か突き出している。
両刃の剣の柄だ。一瞬で音もなく現れたそれは沼から生えてきたとしか思えなかった。
古く美しい装飾が施された柄には文字が荒く刻まれている。
“Kill the Queen”
ソフィアはその柄に恐る恐る手を伸ばし、しっかりと握りしめた。
【続く】