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好きを閉じ込めたい

 これまでトラブル続きだったので、ボローニャの続きもきっとそうなんだろう、と予測した人もいるかもしれない。
 ヴェネツィアの次の宿泊地は、サンマリノ共和国だった。
 サンマリノは、ティターノ山と山麓のみが領土の小さな国である。ボローニャの先にある。つまりイタリアの国内にこじんまりとある。
 高い崖の上に城塞が築かれていて、その写真を見たときに私たちはイタリア行きを決めた。
 サンマリノに行くとすると、三都市フリーなどというよくある格安フリーツアーでは行けない。手配旅行にせざるを得なかった。
 つまり、サンマリノの写真さえ見なければ今回の諸々の苦難は起こらな……。
 ……さて、全ての元凶であることに気付いたことで嫌な予感は高まったが、結果的に一切のトラブルは起こらなかった。
 ボローニャでラザニアを食べるためにレストランに並んだため最終のバスに間に合わなかった。あえて言うならそれがトラブルだが、タクシーを拾えば良いだけなので問題ない。
 降り出した雨の中、サンマリノに入国した。国境で検問などはない。
 ちなみにサンマリノとは聖なるマリノという意味だが、このマリノさんという人がこの国を作った。四世紀の石工で、この山を持つ金持ちの未亡人にキリストの教義を説き、改宗させて山を譲り受けた。彼の教えを受けたキリスト教徒たちが迫害から逃れて山に立て籠もった。四世紀初めのことで、ローマ帝国がキリスト教を受け入れるまでまだ半世紀以上必要だった。
 山の三つの峰にはそれぞれ城塞が築かれ、サンマリノを守り続けた。現存するもっとも古い城塞がグアイダ塔だった。これが私たちが日本で見た写真だ。
 パスポートに入国印を押してもらい(不要なのだが、記念に押してもらえる)、向かうのはあの写真の場所だった。
 しかしどこから撮ったのかわからない。市内は古い街並みが残っているが、その街中から見てもあの写真の光景はなかった。
 あの景色を見たい、あの場所はどこだ。
 藪をかき分け、私たちは写真の場所を探し続けた。
 やっと見付けると、感極まって声をあげた。
 デジカメがまだ重い時代、ケータイのカメラもしょぼい時代だった。旅行用の軽いアナログカメラや写ルンですを使い、何枚も夢中で撮った。
 今で言うならインスタ映えを探してるという一言で済む話だ。
 だがインスタ映えとはそもそも何だろうか。
 誰かの賞賛を浴びたい。確かに今ではそれが強いのかもしれない。けれどその最初の衝動は、この景色を手元に置いて自分のものにしたい、思い出を閉じ込めたい、ではないだろうか。
 思い出を閉じ込めた、その写真。イタリア旅行で唯一何の失敗も苦難もなかった地でのその写真を、現像できたのは日本に帰ってからだった。
 霧のヴェネツィア、ボローニャのアーケード、雨のナポリ、昔の吐息が聞こえてきそうなローマの丘、そして……。
 楽しい思い出だけで構成されたサンマリノ。
 サンマリノの写真は露出過多で全滅だった。
 こう来たか!!

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