ペンの赤を300円で消した洗濯店
夏には眩い白の上をペンの赤がシャーッと走った。
私の顔は青ざめた。
子供のテスト採点をしているわけではない。
お気に入りの白いトップスにペンの赤インキがついたのだ……。
赤いペンなんて使うのは仕事のときだけ。
これはもうちょっとした「労災」である。
繰り返すが、お気に入りの服である。安物ではあるが、着心地がとてもよいのだ。
私はパソコンを立ち上げ、おばあちゃん、ならぬ、人類の“知恵袋”を探す旅に出たが、「落とせる可能性は限りなくゼロ」の情報を得るのみで終わった。
残された選択肢はプロのみ。私は近所の洗濯店に駆け込んだ。安心と信頼の大手である。ここでダメなら諦めもつくというもの。受付のお姉さんに洋服を渡す。が、お姉さんは傾げた首を起こさない。嗚呼、絶望。
「やってみますけど……。難しいかな……。クリーニング代1000円のほか、赤ペンが消えた場合はシミ抜き代として+2000円、消えなかった場合はシミ抜き作業代として+300円をいただく、でもいいですか?」
この最終手段にすがるしかない私は即OKをした。ちなみに「消えた」「消えない」はどこで判断するんでしょうか? と後々トラブルにならぬよう確認もしながら。
1週間後、私は洗濯店を再訪した。
「ごめんなさい、やはり落とせなかったので+300円で大丈夫です」
そもそも諦めていた私は「気にしないでください!」と1300円を払い、帰宅した。
玄関のドアを閉めるなり、洋服にかけられていたビニール袋をはがした。完全な部屋着には惜しいが、シミまでは見えないオンラインミーティングのときにでも着よう。そんなことを思いながら私は赤いペンの跡を探した。
……ん?
……どこだ???
最後まで見つけられなかった。
本当に赤いペンの跡があったのか、自分の記憶が不安になるほどに。
「落とせなかった」とはこれいかに――。
素人の私には「落とされている」。
これは、プロの意地、なのだろうか。
だとすれば格好よすぎる。
私もそんな仕事をしていきたいものだ、と靴を脱ぎながら決意したのであった。
ちなみに、その服について「安物」と書いたのは謙遜ではない。いつかのセールで買った1980円である。あまりに可哀想でシミ抜き代を1000円も取ることができなかった、のかも。うん、たぶんそれ(笑)。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?