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人はなぜパネルから顔を出すのか――「広瀬すず」になってわかった1つのこと。

あなたは「顔出しパネル」で記念撮影をしたことがあるだろうか。

突然されるような質問ではないが、驚かずに振り返ってみてほしい。

「顔出しパネル」、それはキャラクターなどが描かれた看板の、くり抜かれた穴から顔を出して撮影するアレだ。誰でも人生で一度くらいは経験があるのではなかろうか。観光地に行けば必ずといっていいほど遭遇する。むしろ遭遇することなく旅先を後にするほうが難しい。

■それは「おひとりさま」最大の敵

利用するには最低でも2人の力が必要だ。撮る人と撮られる人。であるから、旅先で見かけても、もっぱら一人旅の私には太刀打ちできず、すごすごと通り過ぎるよりほかない。これはもう「おひとりさま」最大の敵。

大阪は枚方市にある遊園地「ひらかたパーク」を訪れたときのことである。同パークの園長「超ひらパー兄さん」のパネルに遭遇した。子供の頃から大ファンの岡田准一さんである。

トートツに現れる、岡田准一超ひらパー兄さん。

一人だったので(なぜ遊園地に一人でいたのかはいったん忘れてほしい……)、通り過ぎた。もっとも私が好きなのは岡田准一さんの顔であり、ボディではないため、肝心の顔がくり抜かれたパネルに興味はないのであるが。書くまでもないが、「岡田准一」そのものになりたいわけでもない。

■私は「広瀬すず」になる!

そんなわけで、私は「顔出しパネル」とは基本的に無縁の人生を生きてきた。しかし、それからほどなくして直接対決の時がやってきた。決戦の舞台は北海道・帯広。今回現れたのは、当時フィーバーしていた朝ドラ「なつぞら」の「顔出しパネル」であった。

今回の“敵”は駅のド真ん前だ。

広瀬すずさんが演じる主人公・なつが描かれ、もちろん顔の部分がくり抜かれている。1分前に「『岡田准一』そのものになりたいわけでもない」と堂々と書いてのけた私であるが、「広瀬すず」にはちょっとなってみたかった。それはそうだろう、女性にとって永遠の憧れ「広瀬すず」である。私はやはり一人であったが、どうにか「広瀬すず」になることに決めた。

それが可能になったのは――「可能になったのは」と書くにはさすがに語弊を恐れてしまうが――帯広駅から1時間ほど離れた小さな駅だったから。「新得」という名前だった。何もないと書いても怒られなさそうなほど何もないその小さな駅で、私は1時間後にやってくるバスを待っていた。何もないので、人もいない。これは神が与えてくれたチャンスだった。

本当に誰もいない新得駅のホーム。
本当に何もない新得駅前。

結論から述べると、私は憧れの「広瀬すず」になることができた。

我ながらいい表情!(と書きながらボカす)

スマホを荷物の合間に固定し、タイマーボタンを押したら、ダッシュしてパネルの奥へ。そして、顔を出す。もちろん笑顔で。これを10秒以内に行う。スマホが傾いたり、ボタンが押せていなかったり、顔がハマッていなかったり、笑顔がイマイチだったり。気付いたら「1時間後」と思っていたバスが乗り場に到着。私は急いで乗り込み、旭川に向かった――。

■パネルの向こうに見えるもの、それは……

私は一人でも「顔出しパネル」を満喫し、満ち足りた気持ちであった。が、心には埋まらない何かがあった。このちょっとした穴の正体は一体……。

それは、いつもみんなでワイワイパネルから顔を出すとき穴の向こうに見えていた――撮影者の笑顔であった。それは友人だったり、時に通りすがりの人だったり。突然カメラを手渡して撮影を依頼した人でも「顔出しパネル」を撮ってくれる人はだいたい笑っている。笑いながら顔が絵柄とピタッとハマるよう指示を出してくれ、撮られる側もその指示を受けて向きや表情を合わせていく。そのやりとりこそが「顔出しパネル」の醍醐味だったのだ。

旅から帰って写真を整理する。「顔出しパネル」で撮った写真をあらためて見返すと……「なんだこりゃ?」。そこに意味があるとするなら、写真そのものではなく、それを介したコミュニケーションなのであろう。それからというもの、「顔出しパネル」でハシャぐ人たちが微笑ましい。撮影を頼まれたときには、それまで以上に的確な指示で盛り上げられるようにも。

私が「広瀬すず」になってみてわかったもの――。

それは人を笑顔にする喜びであった。

バスで到着した東鹿越駅。富良野へと向かいます。

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