「観に来てくれなくていい」と女優は語りき。――彩られはじめた白いキャンバス。
「今まで『舞台は生でしか観られない、味わえないからぜひ劇場に来て!』と呼びかけていたけれど、今はとにかく健康を第一に考えてほしい。元気でいれば、生きていれば必ずまた会えるから」
とある舞台女優の発言だ。エンターテインメントは安全、安心の上にあるもの。彼女はそうしたメッセージを繰り返し発信していて、心底の願いなのだと思われた。舞台俳優が出演舞台を観なくてもいいなんて、この上なき異常事態である。編集者である私が担当した本を買わなくていい、と話すのと同じ。そんなことをフツーに言わせてしまうような事態だったのだ、とあらためて思った。
彼女は今年何度か無観客ライブ配信を行っていて、最初こそは「無観客は初めてで不安」と話していた。しかし、最後には「もちろんお客さんにいてほしかったけれど、不思議とみなさんの姿が見えてくるようで。みなさんの応援を感じて乗り切れました。それはきっと今まで支えてもらってきた事実があるからだと思います」。
別の舞台俳優の言葉を思い出した。彼は今、ファンレターを手紙ではなくメールで受け取る方式に切り替えている。メールが手紙と違って味気なく思えることについて「以前手紙を頂いていたときの感じが不思議と思い出されて温かい気持ちになる」。そう気持ちを明かしていたのがずっと心に残っている。もちろんほんの一部の手紙についてだろうけれど、それまで届けた想いがやむを得ない殺風景を彩ることがあるのだとしたら素敵なことだなぁ、と思うのである。
逆も然り、だ。社会的な立場も考え、観劇はどうしてもの作品だけに絞っている現在、私はほとんどの舞台を観ていない。心のキャンバスは白いままということになる。使わないまま放置していると埃が溜まっていき、汚れていくだけであるが、今まで魅せて頂いた素敵なシーンを蘇らせ、ほんのりとでも色を付けながら待つことに決めた。
「生きていれば必ずまた会えるから」
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