Dark♧dream(ダーク♧ドリーム)というバンドをやっていたエリートサラリーマン《闇夢(あんむ)》さん54歳の夢は本当は違う世界だった。そして今--- 【後編】〈カフェ27闇夢1後〉
「ママさん、ギターって楽しいんですよ。あの音が何かいろいろな事を跳ね飛ばしてくれる様な感じがしてね。優しかったり激しかったり。あの頃は私も夢や希望だらけで燃えてましたよ」
そう闇夢さんは言う。私は何か嬉しくなりながらそっと聞いていた。
「ギター弾いてバンドやって、そして、結局はバイクは買えなかったけれどバイクも好きだったんですよ」
本当に嬉しそうに話す闇夢さん。
「いいですよね、バイク。あの風を切る感じがまた最高ですよね」
私が言うと。
「あれ。ママさんバイク乗った事があるんですか?」
闇夢さんは興味津々な顔で聞いて来た。
「はい。実は後ろにですが」
「へぇ。ママさんもなかなかですね」
「いえいえ、それも遥か昔の事ですよ。でも、確かに気持ち良かった記憶はありますよ」
私も、懐かしんで言った。
「ですよね。---だけど私はあの頃の夢は諦めてしまった。そして、確かに安定で世間体がいい道を選び今まで働いて来ました。その事に後悔とか私には無いです。自分でも自慢ですから。でも何ですかね。あの冬矢君を見て何か考えさせられましてね」
闇夢さんはそう言ってまたコーヒーを口にした。
「そうなんですか?。何でしょうね。冬矢君は冬矢君なりに一生懸命頑張ってますよ。自分を出しながら、そして繊細な心を持ちながら」
「そうなんですよ。正直、私は外見のイメージや仕事の内容で今まで知らない間に人を勝手にランク付けしていたのかもしれません。そして自分を優位に納得させていたのかもしれません。だけど、何かキラキラしてたんですよ、彼。そして究極が帰り際の〈ありがとうございました〉って言われた言葉。ハッとしました。正直、嬉しかったんです。どうしてなんでしょう」
闇夢さんがちょっと思い出したかの様に言った。
「そうだったんですか。冬矢君も嬉しかったと思いますよ。彼も自分の外見やイメージを気にしてましたから。でも、自分を出したいというか人にとやかく言われたくは無いって感じはあったかもしれませんが。本当はみんな、自分でもわからない所で誰かと話したり関わりたいと思っているんでしょうね。だから、冬矢君も闇夢さんが話してくれて嬉しかったと思いますよ」
私は闇夢さんにニコッと笑った。
「そうなんですか。嬉しいですね。素直にそう思います。でも今まではそうじゃ無かったんですけどね。本当に人は皆いろいろなんですね」
ぼそっとそんな事を言いながら闇夢さんは嬉しそうに笑った。私も心の中で頷いていた。
すると、
「ママさん。実は、正直私はお金には余裕あるんですよ」
突然ぼそっと言った。
「えっ。あら、自慢ですか?」
私はそれに対して、皮肉そうにニヤけながら聞いた。
「はい。私の頑張って来た証ですから」
「あらあら。確かにそうですよね」
私が答えると
「なんて、ママさんにしかこんな事言えないですよ。と言うか誰かにちょっと自慢してみたかったんですよね、私。」
「うふふ。わかってますよ」
私はそっと笑った。闇夢さんは本当に一生懸命頑張って来たのだと思った。自分を信じて。そんな中でも何か大切な事を犠牲にしていた事に気づいたのかもしれない。それでも間違いでは無かったのだと。
「ママさん。私、ギター買おうかな」
闇夢さんがまたぼそっと言った。だけどその何か嬉しそうな顔が凄い印象的で。
「そうですよ。是非聞かせて下さい」
私は本当に闇夢さんのギターを聞いてみたくなった。
「ですよね。いいんですよね。これからやっても」
「勿論。お金あるんですから。ギター買ってこれから思う存分弾いて下さいよ。それから、バイクも良かったら乗って下さいよ」
私がそう言うと闇夢さんがまたぼそっと言った。
「息子に話そうかな。父さんもギター弾くんだよって」
そんな事を言う闇夢さんが本当に嬉しそうで、私もついつい嬉しくなってしまった。
「それがいいですよ。息子さんも喜びますよ、きっと」
闇夢さんはすると一気にコーヒーを飲み干した。
「ありがとう、ママさん。何か、モヤモヤしていた物がやっと晴れました。ギター買います。そのうち、バイクにも乗りたいです」
「はい」
「ママさん。じゃ、帰ります」
「はい」
うふふ。
何だか、単純な人。良く言えば、素直な人。
人は、それがいい。単純で素直で自分に嘘がつけない人。いくつになっても。我儘とか自分勝手とかじゃなくて、素直な人。そんな心があればきっと救われる。
そして、闇夢さんがふと言った。
「ママさん。お願いがあるんだけど」
「何でしょう?。私に出来る事なら」
ちょっと、不意に聞かれたのでびっくりした。
「あの、このコーヒーカップ売って貰えませんか?」
「えっ」
「私も、あの冬矢君みたいにマイカップ欲しいんですよ。名前も書きたいし」
私は思わず微笑んでしまった。
「あら。大丈夫ですよ。買わなくても。マイカップにして大丈夫ですよ」
「いいんですか。嬉しいです。あっ、いえいえ買わせて下さい」
そう言って闇夢さんは五千円札をカウンターに置いた。
「お釣りは要らないです。ママさん、今度、彼、冬矢君が来たらコーヒー出してあげて下さい。いつか一緒に話せたら嬉しいけど」
「いいんですか?」
「勿論いいんですよ、私、嬉しいんですよ」
「ありがとうございます。あの、今はカップに書けるペンはゴールドしか無いんですが書きますか?」
私は聞いてみた。
「はい。ゴールドがいいです」
本当に闇夢さんが嬉しそうで。
私はカウンターの引き出しからゴールドのペンを出して渡した。すると、闇夢さんは嬉しそうにカップに書き始めた。
〈Dark♧dream〉の下に〈闇夢〉と書いた。というより慣れた感じのサインだった。
「素敵。素敵。冬矢君のカップの横に並べて置きますね」
「はい。ありがとうございます。宜しくお願いしますね」
闇夢さんそう言って何だか無邪気に嬉しそうに頭を下げて帰って行った。
緑色のカップに書かれた名前は、きっと何度も書いて来たのだろう。ササッと慣れた感じで書いていたから。
--- マイカップかぁ。マイカップって、やっぱり嬉しいのかなぁ。
あっ。でも油性のペンでは書いてあるけど、洗っていたら消えないかしら。ふと不安になって来た。カップに書かないで何かいい方法はないかしら。
恐る恐る優しくカップを洗った。
冬矢君のも、いくら油性でもそのうち消えるわよね。消えたらまた書いて貰うとか。うーん。オーブンで焼き付けると消えない?みたいだけど。それも何かねぇ。
何か考え出したら止まらなくなる。
何か、いい方法無いかしら。
私は、ぼーっと考え出した。
--- うーん、うーん。
お店の事やお客さんの事を考えるのって楽しい。
本当に楽しい。だけど悩む。
そして、闇夢さんが置いて行ってくれた五千円札に思わず手を合わせた。
--- ありがとうございます。
そして、冬矢君のカップの後ろに飾った。
「そうだわ!」
私は突然思いついた。
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