~恋~を落として失くした女の子がこぼした涙は---真っ白い雪の中に---。 【前編】 〈カフェ2 咲希1前〉
カランカラーン。
静かに、そしてちょっと重たそうにドアが外の方にゆっくり開いた。
開店して初めてのお客さん。
窓の外は白い雪がちらちら舞い始めていた。
ちょっと寒そうに、ふんわりした感じのダークネイビーのコートにラベンダー色と白の大きめのチェック柄のやっぱりふんわりしたマフラー、そして大きめで柔らかい感じの黒いバックを肩から掛けた二十歳前ぐらいの、まだ幼さも見える学生さんかな、そんな若い女の子が、うつむき加減で微かに拒んだ笑みを浮かべながら静かに入って来た。
「いらっしゃいませ」
私は、少し声を落とし笑みを浮かべながら言った。
女の子は、そのまま真っ直ぐテーブル席の方に歩いて行き、一番外がよく見えるテーブル席を選ぶと向かいの椅子に外したマフラーとコートを軽くたたんで置き、肩から掛けていたバックはテーブルの下に置かれた布製の籠に入れ女の子もゆっくり椅子に座った。
店には、虹色(紫 藍 青 緑 黃 橙 赤(桃))の淡い感じの七色のコーヒーカップがカウンターの後ろのガラス棚に飾られている。そのカップを気分やお客さんのイメージで使う。
コースターも同じ淡い感じの七色がある。
そして、
七色の短めの色鉛筆とメモ用紙が、クリーム色の植木鉢型の陶器の入れ物に入ってカウンターとテーブルにちょこんと置いてある。そして、荷物が入る布製の籠が邪魔にならない感じでテーブルの下に置かれている。
そういえば、店のエプロンにも生成りの生地に優しい淡い虹の模様があって、さり気なく(ラピル✩ムーテリア)と茶色のペンで手書きで描かれている。
店は、今は私一人でやっている。
そして、女の子は椅子に座わると窓の外に目をやった。
手袋をしていなかったからなのか、外は寒かったのだろう合わせた手に息を吹きかけた。
そして、桃色のコースターとお水の入ったちょっと丸みのあるグラス、おしぼりを女の子の前に置いた。
「いらっしゃいませ。コーヒーは、もう少しお待ち下さいね」
メニューは、コーヒーのみだから特に注文は要らない。
女の子はただ窓の外を見ている。
そしてコーヒーを桃色のコーヒーカップに入れて持って行った。
「はい。どうぞ」
桃色のコースターの上に桃色のコーヒーカップを置いた。桃色は私が見た女の子のイメージだった。
そして、小さめの丸い白に七色の水玉模様のシュガー入れとミルク入れも置いた。
それでも女の子は窓の外をただずっと見ている。
カウンターに戻っても、ずっと窓の外を見ている女の子をさり気なく見てしまう。
髪は肩までの長さでダークブラウン系の色、軽くふんわりとしていて目は大きくくりっとして、ぷりんとした唇が可愛い。メイクは派手ではなく女の子には本当に合っている。
--- かわいい子。
本当にそう思ってしまう。
---誰かを待っているのだろうか
寒かったから入って来たのだろうか。
それでも女の子は、ただずっと窓の外を見ている。
コーヒーにも手をつけない。
窓の外の雪もだいぶ白くなって来た。
どのくらい過ぎたのだろう。
たぶんコーヒーは冷めてしまっているだろう。
そんな事を思っていると、ずっと窓の外を見ていた女の子の目から涙がこぼれた。
--- えっ。
可愛い女の子だなぁ
誰かを待っているのかなぁ
なんて思っていたのに、こぼれた涙がやけに哀しく見えた。
---待ってる人が来ないのか
涙をこぼすなんて。
すると、女の子が窓の外からテーブルに目を向けじーっとコーヒーを見ている。
「あのぅ」
そして女の子が初めて声を出してこっちを見た。
「あ、はい」
私はすぐに女の子のテーブルに向かった。テーブルに行くと女の子は言った。
「あのぅ、もう少しここに居ていいですか」
どうしてそんな事を聞くのだろうと思った。
「もちろんいいわよ。ゆっくりして行って下さいね」
そう言うと女の子が、
「可愛いコーヒーカップですよね」
そう言った。
「ありがとう」
私も女の子に微笑みながら言った。
すると、
「あのぅ、ごめんなさい。私本当は、コーヒー駄目なんです。コーヒー飲めないのにごめんなさい」
そう言いながら
「あのぅ。ちゃんとコーヒー代は払いますから。このお店に入りたくて飲めないのに本当にごめんなさい」
女の子は更に申し訳なさそうに言った。
「大丈夫よ。だけどどうしましょう。何か申し訳ないわね」
すると女の子は籠の中に置いたバックからタピオカの入ったミルクティーを取り出した。
「あの、これ飲んでもいいですか。ミルクティーは好きなんです」
私は、それを聞いて思わずちょっと安心していた。あのこぼれた涙が気になっていたので気楽に話しかけてくれる女の子に、あの涙は私の見間違いならいいなと。
「もちろんいいわよ。持ち込み自由なんだから」
私はそう言った。
「ありがとうございます」
女の子は、とりあえずちょっと微笑んでミルクティーを一口飲んだ。
すると、
「ママぁ」
女の子は、ちょっと恥ずかしそうに小さな声で私をそう呼んでくれた。
「このコーヒーカップ本当に可愛いですね。ピンク色、桃色かな、本当に可愛いですね。それなのに、ごめんなさい。コーヒー飲めないなんて。せっかくママが入れてくれたのに」
女の子はそう言って、更に
「ママ、ここで一緒にこのコーヒー飲んで貰えませんか。お客さんが来るまで」
そう言った。
--- えっ。
ちょっとびっくりしたけど、なんだか女の子の優しさが嬉しかった。
「いいの。私が飲んで」
「ママが入れてくれたのに申し訳ないですけど飲んで貰えたら嬉しいです。冷めちゃったけど」
女の子は、そう言ってくれた。
--- お客さんにコーヒーを頂くなんて。
嬉しいけど不思議な感じがした。
「ありがとう」
そう言うと
「ママ、座って」
そう言いながら微笑んだ女の子。向かいの椅子に置いたコートとマフラーを籠に入れたバックの上に置いてくれた。
私が、女の子に言われて女の子の向かいの椅子に座ると、女の子の笑みはもう消えていた。
「ママ、コーヒー冷めちゃったけど」
女の子はちょっと寂しげに言いながらコースターとコーヒーカップを私の前に静かに置いてくれた。
そして、私がそのコーヒーを飲む様子を女の子は見ている。
「ありがとう。美味しいわ」
そんな女の子に私がそう言うか言わないうちに、女の子の目が赤くどんどん涙でいっぱいになっていく。
----- ぇ。
すると、
「ママ、私ね、すぐ落としものをするの。大切なものまで落として失くしちゃうの」
そう言ってまた女の子は静かに窓の外を見た。
「ママ、雪が降ってる」
女の子が言った。
--- 雪はさっきから降っていたのに、今気づいたのだろうか。女の子はずっと窓の外を見ていたのに、何を見ていたのだろう。
「ママ。私--- 大切だった恋を落としちゃったみたいなの。今まで落としちゃったものは、あまり困らなかったし見つかるようなものばかりだったのに。大切だった恋は見つからないの。もう半年になるのに見つからないの。恋って失くすと淋しくて悲しくて---ずっと泣いてた。探しても探しても、もう見つからないの。私が落としたの。私が大切にしなかったから、落として 失くしちゃったみたいなの」
--- 恋を落としたって、失くしたってどうしたのだろう。失恋したのだろうか。
女の子は、女の子なりに淋しさや悲しみを我慢して耐えて来たのだろう。
女の子の目からは、涙が今にもこぼれそうで 肩も微かに震えていた。
窓の外は、真っ白な雪が降っている。
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🌈☕いらっしゃいませ☕🌈コーヒーだけですが、ゆっくりして行って下さいね☘️☕🌈