勇樹さん☆〈在宅勤務〉なのに上司が〈信用出来ない〉からと週2回出勤《あら、勇樹さん上司じゃないの?》それにあのシュークリーム---〈カフェ81勇樹8〉
カラン、カラーン。
ここ最近、在宅勤務になった勇樹さん。家がうるさいから時々ここでパソコン持って来て、仕事をしていた勇樹さんが、何だか久しぶりに来た。
「ママ、お久しぶり。でも無いけど、家の会社の上司が在宅勤務は信用出来ないとかで、週2回出勤になったんですよ」
そう言って、今日はラフな格好でパソコンは持っては居なかった。勇樹さんは、カウンターに座って、話し始めた。
私は、勇樹さんのオレンジ色のパンダのマイカップにコーヒーを用意する。
「信用出来ないって何で?。それに、在宅勤務ってある意味、今はいろいろあって国からの要請なんでしょう?。大手のサラリーマンは出来るなら在宅勤務でって。って言うか、信用出来ないってどういう事?」
私は、コーヒーを入れて、カウンターにコースターを敷いて置いた。
「ありがとう、ママ。だよね。ちゃんと仕事しているか信用出来ないんだよ。仕事している姿を見ていないとイライラするみたいなんだよ」
「はぁ?。じゃ、営業マンはどうするの?」
「営業マンは、契約を取ってきたり、あくまでも営業。だけど、私達みたいなデスク仕事は違うらしい」
勇樹さんは、ゆっくりコーヒーを飲みながら話した。
「違うって、仕事すればいいんでしょ。別に家でも与えられた仕事をすれば大丈夫なんじゃないの?」
「それが、上司達高齢層は、考え方が古いから、在宅勤務命令出ていても姿を見たいらしいんだよね。だから、週2回出勤しろだって。本当に変な奴らなんだよねぇ」
ちょっと、プリプリしてる。
「ねぇ。失礼な事聞いていいかしら」
すると勇樹さんが、私の顔を見て
「何?。いいよ」
そう言った。
「ねぇ、勇樹さんって上司じゃないの?。バリバリ上司みたいなんだけど」
私は、そう聞いた。
「あ、なるほど。私は平社員。出世コースを辞めた人間ですよ。くだらないから」
「くだらないの?」
「正直、今はちょっと後悔してるかな。あの頃は、上にペコペコするのが嫌だったし、自由で居たいみたいな思いがあったんだよね。確かに給料も少ないけど、まぁ、良かったかな。たぶん、私の性格じゃ微妙だったしね。こうやって愚痴ってる程度がいいかもだからね」
そう言うと、勇樹さんはニコッと笑った。
私は、ちょっとした愚痴だったって聞いて、ちょっとホッとした。
「でも、勇樹さんみたいな上司なら良いなぁって思うけど」
「あー、ダメダメ。特に女性には無理無理。何も言えないから」
···プッ!。
思わず吹いてしまった。
確かに、奥さんに何も言えないし、変に優しいからね。
「ママ、意地悪だなぁ、知ってるのに」
「ごめんなさい。でも、私は勇樹さんが上司なら嬉しいですよ」
そう言うと、
「ママみたいな部下なら、私も頑張るけどね。今は、わからない人間ばかりだからね。そう言う私も、わからない人間ですから。アハハ」
勇樹さんはオレンジ色のパンダのマイカップを見つめて、
「なぁ」
そう言って笑った。
真面目で優しくても、難しい事もたくさんある。昔は、出世するのがある意味憧れ、夢、目標だった。もちろん給料も上がるし。
だけど、勇樹さんに限らず、今は更に拘らなくなった人が多い。
何故なのだろう。
勇樹さんが、若い頃に思った事そのものなのだろうか。ペコペコしたり、変な責任感を持たされたり、時間を束縛されたり。そして、人間関係が複雑なのが嫌なのだろうか。
だったら、何故そうなったのだろうか。
今、人気の企業はあからさまの格差が無く、ある程度の自由が許される企業。
服装、時間、仕事のスタイル。
何が良いか悪いかは、それぞれの考え方があるからわからないけれど、いろいろ働き方も変わって来ている事は確かなのだろう。
「じゃぁ、また在宅勤務しに来ますから、ママ宜しくお願いします」
「はいはい」
私は、そう言って笑った。
ここは、カフェだからお酒を提供する店程ではないけど、話してスッキリしたり癒やされたりして貰えるなら嬉しい。
誰だって、いろいろある。我慢しなきゃならない事も。
でも、ちょっと言葉にした事で気持ちが楽になるなら、話して貰えたら嬉しいかな。
···あっ。
「そうそう、ねぇ、あのシュークリーム大丈夫だったの?。ここで勇樹さんと2個食べたから、4個入りの箱じゃ変に思ったんじゃない?」
以前、限定シュークリームを2個買って冷蔵庫に入れといて、奥さんに2個共食べられたから、今度は4個買って、ここで2個食べちゃった事があった。それから、2個持って帰ったんだけど。
「あぁ、あれね。まったく何も。お風呂に入っている間に食べちゃいましたよ。2個共。早いんだよ、食べるの。案の定、テレビ見ながら。相変わらず何も言わなかったけど。美味しかったんだろうね。そうそう、あなた、シュークリーム嫌いなの?って言われたんだよ」
「えっ、何で」
「私が食べないから」
「食べられちゃったんだよね」
「アハハ。いいんだよ。これからは、ここで食べて残りを持って帰るから」
「私は、嬉しいですけど。うふふ」
本当に、面白い奥さんに勇樹さん。
それから、勇樹さんは、しばらく居て帰って行った。
···うーん。私ならどうだろう。
私が勇樹さんの立場なら、美味しかったとか、ありがとうとか言って欲しいよねぇ。
でも、そんな奥さんが嫌いじゃないんだから、いいんだろうね。
これからは、私も、シュークリーム食べられるし。
···うふふ。ま、いっか。
ゆっくり、私は勇樹さんのオレンジ色のパンダのマイカップを洗いながら、また、うふっと笑った。
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