台風の日に《やっとゆっくりママのコーヒーが飲めるよ》そう言って入って来たホストの✩《雪❅冬矢》君✩No.1にコーヒーで乾杯✩〈カフェ44冬矢6前〉
この季節になると、怖いのが台風。
私は子供の頃に近くに雷が落ちた経験がある。台風の時にも雷が鳴る。
あの時の音と空が割れるような響きはかなりの恐怖を感じ、今でも雷は苦手である。
昨日辺りから、台風がかなり近づいて雨が降って来た。風も吹き出した。
私はいつものように店は開けていた。
だけど、確かに天気予報の通り、雨風が強くなって来た。
それでも夕方までに、3人ぐらいのお客さんが来てくれた。みんなサラリーマンで何となく時間潰しなんだろう。時間を気にしていたのが印象深い。
夕方にはかなりの風雨になって来た。
カウンターからも窓越しに外の街路樹が揺れているのが見える。そのうち窓に雨が当たる音が強くなって来た。
---今日は、もう誰も来ないわね。
私はそう思って、店を閉めようと入り口のドアに向かうと、
「ちゎーっす。ママ久しぶり」
かなり濡れた冬矢君が入って来た。傘は持っていたけれど、風が強いから濡れたのだろう。
---えっ。
「雨が強くなって来たよ。開いてて良かった」
そう言って冬矢君は、軽く真っ白いTシャツに付いた雨を払っている。
「あ、待って待って。今タオル持って来るから」
私はそう言って、慌ててタオルを冬矢君に持って行った。
かなり久しぶりの冬矢君に、嬉しいような、だけど、えっ!という感情の方が先だった。
冬矢君にタオルを渡すと、冬矢君はドアの辺りで服を拭いていた。
「どうしたの?」
咄嗟に出た言葉が〈どうしたの〉だった。
「やだなぁ、ママ。〈どうしたの〉は無いよ。来たんだよ」
「あ、うん。そうだけど」
「まぁね。かなり久しぶりだったからなぁ。来たかったんだよ。だけど、忙しくてさ。参ったよ」
冬矢君はそう言って慣れたように、カウンターの左側の椅子に座った。私はタオルを貰うと、カウンターに入った。
「No.1になったのは嬉しかったんだけどさ。No.1になるとそれなりに忙しくなるんだよね。時間はあるんだけど、それがさ、俺の追っかけみたいなのも居るのよ。店がここからもそんなに遠く無いからさ。やたらにはここに来れないんだよ。俺の癒やしの場だからねここは。ここまで追っかけられてもさ」
冬矢君はそう言った。
「あらあら。凄い人気者になっちゃったんだね。うふふ」
私は本当に嬉しかった。だけど、ちょっと何だか淋しい気持ちもあったのは確かだった。
「そうそう、前に冬矢君が来た時に居たお客さんがねぇ、覚えてる?。冬矢君を気に入ってね、コーヒー飲ませてあげてって置いていったお金があるのよ。だから今日はお金はいいから、あの冬矢君のマイカップで入れるわね」
私は、そう言ってコーヒーの用意をした。
「へぇ。覚えてるよ。何か良い人だなって思ったしね。嬉しいねぇ。もしかして、俺のカップの横に置いてあるカップ、そう?」
冬矢君はジーッと棚にある闇夢さんのマイカップを見ていた。
「そうよ。ギター弾くみたいよ。若い頃はバンド組んでたみたいだから」
「マジで。へぇ、人は見かけによらないなぁ。真面目なサラリーマンにしか見えなかったけどね。あ、もしかしてあの五千円札」
「そうなの。冬矢君にコーヒーをって」
私はコーヒーを冬矢君の真っ白いカップ。ゴールドの〈雪冬矢〉という名前が輝いている、そのカップに入れてカウンターに淡い黄色いコースターを敷いて置いた。
先に置いた、グラスに入れたお水はいつの間にか飲み干されていた。
「へぇ、洒落てるよな。カップに書いてあるのはバンドの名前とその時の名前かな?。へぇ。じゃあさぁ。これも置いといてよ」
そう言うと、冬矢君も真っ白い長財布から五千円札を出した。ピン札の。
「コーヒー、お待ちどうさま。えっ、どうして」
私は、ちょっと不思議だったから聞いた。冬矢君は出されたコーヒーを見て
「ママのコーヒーが飲みたかったんだよ」
そう言った。
そして、ゆっくり口にすると
「本当に美味しいよなぁ」
そう言った。
「ねぇ。五千円札どうして?」
私が聞くと、
「さぁね。俺の五千円札も置いて欲しいかなってね。あまり意味は無いよ。置いといてよ、ママ」
そう言った。
冬矢君は何だか嬉しそうにしている。
ただなんとなく静かに。
「いいわよ。置いとくね。今日はお店はお休み?」
私が聞くと
「台風だからね。突然お休み。店までは行ったんだけどさ。でもさ、良かったよ。お陰でここに来れたから。俺さ、ホストも好きだし、お客さんも好きだし、仕事も楽しいし。だけど、こんな時間が欲しかったんだ。ママが居てさ、美味しいコーヒー飲んでさ。ちょっと、ぼーっとしてさ。台風に感謝してるんだぁ」
窓の外は更に雨風が酷くなって来た。
ガタガタ時折音がする。
「今日はもう誰も来ないよ。ママもコーヒー飲もうよ。俺のおごり」
そう言って冬矢君は嬉しそうに笑った。
「ありがとう。頂くね」
私は、素直にそう言って自分にもコーヒーを入れた。
私はやっぱり桃色のコーヒーカップに入れた。
「桃色かぁ。可愛いねぇ。じゃ、乾杯」
そう言って冬矢君は、また嬉しそうにコーヒーカップをちょっと上げた。
「改めて、No.1おめでとう、冬矢君」
私がそう言うと冬矢君は、
「ありがとう」
そう言ってまた笑った。
何だか凄く大人になった冬矢君が居た。
ホストになったばかりの、新人の頃の冬矢君をちょっと思い出していた。
人は人によっても成長する。
きっと、いい出逢いがたくさんあったんだね。何だか我が子の様に見えてしまう。
台風は怖くてあまり好きじゃないけれど、今日の台風には感謝しなきゃだね。
そして、冬矢君は少しずつ話し始めた、
「ママ、俺さぁ、No.1になったのは---」
今日は、台風だからね。
冬矢君は服は店で着替えて来たのだろう。
だけど、真っ白いジーンズに真っ白いTシャツ。
おまけに真っ白い長財布だった。
相変わらず真っ白が好きな冬矢君。
今日は、ゆっくり話せるかな、冬矢君と。
ちょっと、嬉しかった。
🌹続く🌹
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