《ねぇ、あなた。いつから昼出勤になったの?》本当に私の奥さんは何もわかってないんですよママ、聞いて下さいよ〈カフェ54勇樹5〉
カランカラーン。
何だか秋だというのに、風は冬のように冷たい。
暑かった夏が終わったと思ったら、急いで季節は秋を呼び、急ぎ過ぎた風が冬を連れて来たようだ。
「ママ、今日も宜しく」
そう言って入って来たのは勇樹さん。
そうそう、仕事がリモートワークになって、テレビ好きの奥さんから逃れる為に、ここで仕事をさせて欲しいと、週に何回かパソコンを持って来る。
「いらっしゃい。ゆっくりどうぞ」
勇樹さんは、テーブル席に行ってパソコンを取り出した。
私は、勇樹さんのマイカップ、オレンジ色のパンダのカップにコーヒーを準備した。
勇樹さんは、パソコンを触りながら
「ねぇ、ママ。最近、急に寒くなったよね」
そう言った。
「そうなのよ。秋を通り越して冬みたいよね。あ、勇樹さん、コーヒーはもう入れてもいいかしら」
私は、仕事の邪魔をしないように聞いた。
「お願いします。とりあえず、一息してから始めますから。ママもコーヒー一緒に飲みましょう」
そう言ってくれたので、、お客さんも居なかったし、私も桃色のカップにコーヒーを入れて、テーブル席に持って行った。
私は、勇樹さんの向かいに座った。
「ありがとう。いただきます」
勇樹さんも、私もコーヒーをゆっくり飲んだ。
「ママ、いつもありがとう。お陰で仕事もはかどりますよ。でね、聞いて下さいよ、ママ」
そう言って話し出した。
「今日、ここに来る時に奥さんが〈ねぇ、あなた。いつから昼出勤になったの〉ですよ。私は、リモートワークになった事も、家じゃうるさいからカフェで仕事して来るとも話したんですよ。まったくわかってないんですから」
「あらあら。本当に面白い奥さんですよね」
「そういう問題じゃないんですよ。朝から晩までテレビ見てるのは仕方ないにしても、私の話はまったく聞いてないし覚えていないんですよ」
「そうなんですか」
「だから、昼出勤になったのとか言うし、朝から行く時もあるのに」
「あの、ご飯とかは作ってくれるんですか?」
私は思わず聞いてしまった。
「それがですね、作ってくれるんですよ。で、で、なんですよ」
何だか突然、勇樹さんが生き生きした。
「それがですね、いつの間にか出来てるんですよ、ご飯。私も朝は準備とか、夜もお風呂に入ったりするじゃないですか。その間に、たぶん、作るんですよ。私はテレビの前から移動した奥さんを、あまり見た事が無いくらいテレビ好きなんですが、家事はちゃんとするんですよ。そして、まぁまぁ美味しいんですよ。それが不思議で」
勇樹さんはそう言って、ちょっと嬉しそうに笑った。
「本当に面白い奥さんですよね」
何だか聞いているだけで、私も面白くなってしまう。
勇樹さんは、そう言いながらも
「でも、忘れちゃうからね。私の事は」
「でも、勇樹さんのご飯も作ってくれるんでしょ」
「作りますよ」
「じゃぁ、忘れてないですよ。良かったじゃないですか」
「そういうものですかね」
「そういうものですよ」
何だか、話しながら笑い話みたいになっている。
「ママなら、1日中テレビ見てませんよね」
「見てるかもしれませんよ」
「そうですか?」
「私なら、ご飯も作らないでテレビ見ているかもしれませんよ」
ちょっと、意地悪を言ってみた。
「そうかなぁ」
ちょっと、不思議そうな不安そうな顔をする勇樹さん。
「何だか、いつも勇樹さんが話す奥さんって面白いですよね」
「面白いですか?」
「面白いというか、温かいかなって」
「そうなんですか?」
私は、そっと笑った。
なんだかんだ言っても、勇樹さんは奥さんが好きなんだと思う。もう少し、かまって欲しいんだろうなって。
勇樹さんが奥さんの話をする時は、優しい。
だから、そう思う。
そう思いながら、ちょっと勇樹さんを見ていると、
「ママ、ありがとう。ちょっと仕事するよ」
そう言って、一気にコーヒーを飲み干してパソコンに向かった。
私は、私の残りのコーヒーの入ったカップと、勇樹さんの飲み干したカップを持って、カウンターに戻った。
私は、背中越しにちょっとクスクス笑ってしまった。
男の人って、面白いなって。
可愛いと言うのかな。
人は、本当に嫌ならあまり話さないから。
嫌なんじゃなくて、直してほしいから、もっと欲を言ったら、もう少し自分の理想になって欲しいから。
それから勇樹さんは、また静かにパソコンに向かって仕事をしていた。
なんだか本当に、勇樹さんの奥さんに逢ってみたくなった。
私は、カウンターで、残りのコーヒーを飲みながら、また改めて男性の仕事をしている姿にふと癒やされていた。
そして、カランカラーン。
店のドアが開いた。
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🌈☕いらっしゃいませ☕🌈コーヒーだけですが、ゆっくりして行って下さいね☘️☕🌈