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性欲とテストステロン(男性ホルモン) [心理学/行動内分泌学]

性欲 (性的欲求) とテストステロン (男性ホルモン) には、正の関連があると従来より考えられています。つまり、「男性ホルモンが高いほど性欲が強い」ということです。

実際、極端にテストステロン値が低い/高い場合 (例えば、何らかの内分泌的疾患) などでは、関連があるのは確かでしょう。

しかし、健康な男女 (テストステロン値が標準の範囲内) では、性欲とテストステロンの関連について、結果が一貫していません。
また、性欲にはホルモンだけでなく、様々な生物・心理・社会的要因が影響しています。

そこで、今回は健康な男女の性欲 (性的欲求) について、ホルモンと様々な心理・社会的指標を用いて検討した論文をご紹介いたします。

①. 論文情報

van Anders, S. M. (2012). Testosterone and sexual desire in healthy women and men. Archives of Sexual Behavior, 41, 1471-1484.
Testosterone and Sexual Desire in Healthy Women and Men | SpringerLink

②. 簡単な定義 (言葉の説明)


性欲 (性的欲求) は、主に2側面から成り立っていると捉えられる概念です。
他者との性的欲求‥「別の誰かと性的接触をしたい」という欲求

一人での性的欲求‥性的欲求の "真"の尺度であり、社会的・関係的文脈の影響を受けにくく、内因性の生理状態もっとも反映すると考えられます。これが「行動」として表出された結果が、自慰行為だと言えます。

③. 結論

女性
・ストレスの影響を除いたとき、テストステロン値が高いほど、他者との性的欲求は低い
テストステロン値が高いほど、一人での性的欲求は高い
 
→ この関連には、自慰行為の頻度が影響している

男性
・テストステロンと性的欲求は関連しない

性的欲求の性差
・男性 > 女性
・テストステロンではなく、自慰行為の頻度が影響している

④. 方法


参加者:196名、男性105名(平均23.28歳, 標準偏差8.8歳),女性91名(平均21.25歳, 標準偏差4.8歳)

測定変数
唾液中ホルモン (12:00~19:00に採取)
テストステロン
コルチゾール (ストレスの指標として頻繁に扱われるホルモン)
質問紙
・デモグラフィックデータ
性的欲求尺度 sexual Desire Inventory (SDI; Spector et al., 1996)
 15項目:過去1か月間の性的欲求の強さと頻度に関する質問
 「一人での性的欲求」・「他者との性的欲求」の2つの下位尺度
・自慰行為の頻度
・性交の頻度
・配偶・婚姻状態
・幸福度
・ストレス Perceived Stress Scale (10項目版;Cohen & Williamson, 1988).
 過去1か月のライフイベントがどの程度ストレスフルであったか
・気分
・自尊感情
・孤独感
・運動
・性的身体イメージ
 パートナーとの性的文脈における自分の身体的外見に関する質問


⑤. 主な結果

女性:


・一人での性的欲求とテストステロンに正の関連 (r(77) = .11) があったが、有意ではない

・88人中27名で、一人での性的欲求が「ない」を回答していたため、
一人での性的欲求が「ない」/「ある」の2群に分けたところ、
テストステロンの値は、
一人での性的欲求がない群 < 一人での性的欲求がある群
(F(1, 77) = 4.27, p = .042, partial η2 = .053)
自慰行為の頻度の影響を統制すると、この差はなくなる

本論文(van Anders, 2012)より抜粋


・テストステロンが低い場合、自慰行為の頻度が多い女性は、自慰行為の頻度が少ない女性よりも、一人での性的欲求が高い
・テストステロンが高い場合、この差は縮まる

本論文(van Anders, 2012)より抜粋


・他者との性的欲求とテストステロンに負の相関が見られた (ただし、コルチゾール・社会的ストレスの影響を統制したときのみ:両方統制した時r(71) =-.31, p = .008)
 つまり、ストレスの影響を除いたとき、テストステロン値が高いほど、他者との性的欲求は低い

・コルチゾールの高低で見ると、コルチゾールが高い場合に、他者との性的欲求とテストステロンは負の相関 (r(38) =-.35, p = .027) が見られる (図のb)
 つまり、コルチゾールが高い場合は、テストステロン値が高いほど、他者との性的欲求は低い

本論文(van Anders, 2012)より抜粋


男性:


テストステロンと性的欲求に関連は見られなかった
 他者との性的欲求:r(98) =-.03, 一人での性的欲求:r(100) =-.12
 他の変数の影響統制しても関連は見られなかった


性欲:男性>女性

本論文(van Anders, 2012)より抜粋



⇒ テストステロンよりも自慰行為の頻度が、性的欲求の男女差に影響
自慰行為の頻度の影響を統制したときのみ:性的欲求の男女差はなくなる (下図は一人での性的欲求における図。右側(自慰行為の頻度を統制)では男女差がなくなっている)

本論文(van Anders, 2012)より抜粋


⑥. まとめ

健康な男女において、女性ではテストステロンと性欲に関連があるようですが、男性では関連はないようです。

また、女性における一人での性的欲求について、テストステロンよりも、自慰行為の頻度 (行動) が性的欲求 (心理) に影響しているようです。

さらに、性的欲求の男女差には、テストステロンよりも自慰行為の頻度が影響しているようです。

可能性として、従来より考えられている通り、健康な男性におけるテストステロンは、性的欲求に必要な濃度 (閾値) 以上に保持している場合が多いため、テストステロン値と性的欲求との関連は見られないと考えられます。
一方、女性ではテストステロンの濃度が低く、テストステロンの多少の個人間変動(ばらつき)で性的欲求が変化していくと考えられます。

また本研究では、テストステロン (内分泌) だけでなく、自慰行為の頻度のような「行動」が性的欲求 (心理) に与える影響を示唆しています。



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