【小説】二番目のシンデレラ -63-
「ヤスアキくんと将棋ばっかりさしてたから、将棋のおじさんになったんだね」
おじさんは、ミチルを見てにっこりと笑った。よく見ると、笑った目の形か、どことなく母さんに似ている。そんな気がした。
おじさんは、遠くの遊具で遊んでいる子どもたちに目を向けた。
「ナギちゃんは、幸せだったって言ってたけど、きっと、悔しかったと思うんだ」
ミチルに会って思い出したかのように、母のことを語り出した。
ミチルは、ふと思い出した。ミチルが病室で母の手を握っていたとき、おじさんはカーテンの前に立っていた。あのとき、あそこにいたんだ――。
「空色の桟橋」
おじさんの声に息が止まった。お茶の缶を握りしめる。
「なんで? おじさんも持ってるんですか?」
「持ってるよ」
「えっ、でも、その人の本、それしか見つからなくて」
「それしかないからだよ」
「え?」
「もしかして、ミチルちゃん、聞いてないの?」
おじさんが、顔をミチルに向けた。
「その本を書いたのは、ナギちゃんだからだよ」
遊んでいるはずの子どもたちの声が消えた。大通りの車の音もなくなった。
「愛里結月は、君のお母さんだよ」
おじさんの声は、ひと言ずつ、コマ送りされているように耳にとどいた。
時間にとり残されたのかと思った。
まわりが止まって見えた。
けれど、止まっていたのは、自分のほう。
鼓動が、時計のように音を刻んでいる。
焦点が遠い。
ミチルは、いつの間にか過去を見ていた。
小学校から帰ってきて、リビングのソファにランドセルをおくと、キッチンから母さんが出てきた。母さんは、日課の連絡帳をわたすように、すっとその本をさし出した。
なんだかわからなかったけれど、さし出された本を受けとった。母さんの顔を見る。
『読んでみな』
ひと言だけ、そう言った。表紙に書かれた本の名前さえ、読めなかった。
『なんて読むの?』
『そらいろのさんばし』
『さんばしって、なに?』
『読めば、わかるよ』
母さんは、教えてくれなかった。代わりに、白い歯を見せて、にっと笑った。
それから、辞書で調べながら、その本を読み進める毎日がはじまった。読むたびに母さんに感想を伝えた。母さんは、なにも言わずに、ニコニコとそれを聞いていた。
「母さんが、書いた本だったんだ……」
握りしめた缶から、ゆっくりと水滴が地面に落ちた。