【小説】二番目のシンデレラ -87-
いままで見えなかった床板が広がっている。
部屋を広いとはじめて感じた。ゆっくりと部屋を見ながら歩く。重しがなくなった床板は、歩くたびにキィと軋んだ。
窓の近くの床は、日に焼けて明るい色に変わっていた。反対に、ベッドの下の床は、湿ったような濃い色を残していた。
思い出なんてない、そう思っていた。けれど、ここですごした日々は、すべてが思い出だった。いいことも、悪いことも。
夕方になり、ミチルは最後の夕食を準備した。三人がテーブルにつく前にならべる。献立は、ご飯、お味噌汁、肉じゃが、ほうれん草のおひたし。
「なんですか、これは。和食じゃありませんか」
キクコは、テーブルの前で突っ立ったまま、細い目を丸くした。
「ハンバーグじゃありませんのぉ~」
不満そうにトシコが、頬を膨らませた。夕食の条件は、洋食で、肉か魚は必須。それが、この家の決まり。ミチルは、ふたりの前で胸を張った。
「アタシの、得意料理です」
キクコとトシコは、顔を見合わせると、あきらめたようにテーブルについた。
リビングの扉が、ガチャリと音をたてた。静かにシズエが入ってくる。テーブルの前で立ち止まった。ならべられた夕食を見たあと、ミチルに視線を向ける。
「まったく」
絡みつくねっとりとした声。凍りつきそうな冷たい視線。ミチルは、ゆっくりと頭を下げた。
「お母さま、ありがとうございます」
頭を上げると、キクコとトシコが、きょとんとした顔を向けていた。
「いままで、育てていただいて、ありがとうございます」
「はっ。そんな、上っ面だけの言葉など」
「それでも、いままで生きてこれたのは、お母さまのおかげです」
ミチルは、真っ直ぐシズエを見つめた。
「だから、ありがとうございます」
「そういうところが、そっくりで、まったく」
シズエは、ミチルから視線を外し、椅子に座った。ミチルは、もう一度、頭を下げてから、テーブルを離れた。
「お姉さま。肉じゃが、美味しい」
「トシコさん、空気を読みなさい、空気を!」
けっして、和やかとは言えない。けれど、いつもとは違った最後の夕食がはじまっていた。