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【小説】二番目のシンデレラ -68-

ミチルの持った鉛筆が、最初の一文字を原稿用紙に落とした。そこから、鉛筆は走りはじめた。

ミチルの日常に、家事以外の時間が加わった。炊事、洗濯、掃除に、創作。『そ』がふたつになるから、語呂は悪い。けれど、悪い気はしない。最後の『そ』のために、他の『すせそ』を必死になって終わらせた。

夜、ルークが寝たあとも、小さなライトでテーブルに向かった。使いこんで扇型になった辞書を何度も開いた。そのたびに、新しい言葉に出会い、イメージを描くための新しい色鉛筆をもらった。

以前とは違う疲れを感じた。身体はくたくただった。けれど、心は踊っている。ベッドに入っても、なかなか寝つけない。物語の続きが、勝手に再生される。待って、待って、と停止ボタンを押すように、目を閉じた。

その日の朝は、いつもより少し明るかった。飛び起きて時計を見る。五時十分。

「寝坊した!」
「ふぇ」

驚いたルークの短い両手両足が、ピンとのびた。ミチルは急いで髪の毛を結ぶと、エプロンをつけながら、物置小屋を飛び出した。

「朝食が、一品、少ないんじゃありませんか」

テーブルについたシズエが、静かに言った。

「申し訳ありません」
「理由を聞いているのです」
「起きるのが遅くなって、それで、間に合いませんでした」
「へぇ、家事をさぼって、のんきに寝ていたのですか」
「申し訳ありません」
「ものぐさなのは、母親そっくりだこと」

ミチルは、エプロンの前で、左手の人差し指をそっと握った。

「なんの苦労もしていないんですから、役目くらいは果たしなさい」
「はい……」

シズエは、コーヒーに砂糖を入れた。それを見たキクコとトシコも、朝食に手をつけた。ミチルは、キッチンにもどって、スポンジに洗剤をつけた。

出だしで失敗した今日は、思ったように家事ははかどらなかった。そんな日にかぎって、夕食の準備も必要だった。終わったのは、十八時半をまわったところ。

外はまだ少し明るかった。ミチルは、庭をよたよたと歩きながら、なんとか物置小屋にたどりついた。軋む扉を開けると、倒れこむように部屋に入った。

ルークは、最近の日課なのか、ハムスターの姿のまま、ソファをなにかに変えようと頑張っていた。

いいよ、鹿でも馬でも、水辺の動物、カバとかじゃなければ、なんにでも変えてくれて。そんな気分で、ミチルはソファに倒れこんだ。

押されたドミノのように、手足をそろえて、きちんとソファに倒れた。そのまま静止する。顔がソファに埋まりこんで息苦しかった。


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大塚裕人:ゆう
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