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【小説】二番目のシンデレラ -69-

「大丈夫か?」

カーペットの上から、心配そうなルークの声がした。そうだよね、普通に見たら、変な人だよね。真っ直ぐになって、ソファに少し埋まってるんだから。

「ぷふぁー」

ミチルは、顔を上げて呼吸した。ルークのほうに顔だけ向ける。

「今日はダメ。全然ダメだったぁ。朝から、すっごい怒られた」

ミチルは、舌をペロッと出した。

「そのわりには、元気そうじゃないか」
「だって」

テーブルの上の原稿用紙を指さして、にっと笑う。

「けっこう書いたな。そろそろ見せてくれよ」
「ダメダメ。でも、書き終わったら、ルークに一番に見せるから」
「わかった。じゃ、楽しみにしておくよ」

窓の外は、日が暮れる寸前だった。その紫がかった昼と夜の狭間に、シズエが立っていることを、ミチルは気づいていなかった。
 


数日が経った夜。ミチルは、テーブルの前に座って、窓越しに空を眺めていた。空には、白くて細い三日月がのぼっていた。人差し指でちょんと押すと、ゆらゆらと揺れそうな月だった。

空に向けた人差し指をひっこめる。代わりに下唇を出して、前髪に向けて溜息を吹きつけた。両腕をのばして背中を反らせると、ブリッジするように後ろを見る。後ろのソファで教科書を読んでいるルークと目が合った。

「どうしたんだよ?」
「できた」
「ほんとか!」

ルークは、教科書を持ったまま立ち上がった。

原稿用紙は、全部で百二十四枚になった。鉛筆も二センチほど短くなった。見ると、右手の側面、小指から手首までがすすけたように黒く汚れていた。

ミチルは、へなへなとカーペットに倒れこんだ。柔らかくて温かいぽわぽわとした満足感につつまれる。直したいところも、たくさんあった。けれど、ひと通り書き上げることができた。いまは、それで充分だった。


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大塚裕人:ゆう
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