【小説】二番目のシンデレラ -76-
「なんで、ここに」
「走って、逃げてきた」
「どこから?」
「保健所に車が止まったんだ。おじさんが荷物をおろしてた。後ろのドアが開いたから、その隙に逃げ出してきた。おかげで、泥だらけの傷だらけだよ」
「でも、よかった。生きてて、よかった」
ミチルは、泥だらけのルークを頬にあてた。
「ミチル、物語が。ミチルの書いた物語が、持っていかれたんだ!」
「いいよ、ルーク。ルークが無事だっただけで、いいよ」
「なに言ってんだよ! とり返さないと」
「だって、アタシのせいでルークが――」
「夢は、やりたいことは、もぎとられても、手放しちゃダメなんだ!」
ルークは、小さな手を力いっぱい握りしめていた。
「やっと見つけたんじゃないのかよ。それとも、これもフリだったのか!」
「ちがう! そんなことない!」
「じゃあ、あきらめるなよ! ミチルとオレの物語だろ!」
ミチルは、空を仰ぐ。
「アタシだって、あきらめたくない!」
ミチルは、ルークを肩にのせると、髪の毛をきつく結いなおした。ルークは、ミチルに言った。
「新聞をいっぱいのせた車の運転手にわたしてるのを見たんだ」
「回収車だ!」
「その車はどこに行くんだ?」
「わかんない。でも、燃やされるか、リサイクルされちゃうか」
「早くしないと!」
「でも、どこを探せば……」
「ミチル、こっちじゃない。ミチルの家の前を、住宅のほうに向かたんだ」
ふたりは、家に引き返すように、走り出した。家の前を通って、住宅街に向かう。
もう二時間以上が経っている。この辺りにはいないかもしれない。それでも、まだ近くをまわっていることを祈って、耳を澄ます。回収車は必ず音を流している。そこにいるのがわかるように。
自転車が走る音。誰かの話し声。どこかのテレビの音。いざ、耳を澄ますと、ガチャガチャとした音が溢れている。住宅街とはいえ、静まり返っているわけではない。
近くからは、回収車の音は聞こえない。ミチルは、交差点で立ち止まると、息を整えた。
「ルーク、ダメ。音だけじゃ探せない」
「上からなら、探せるかも」
「上?」
ミチルは、空を見上げた。ルークは、ミチルの肩から飛びおりると、向かいにあるゴミ捨て場に向かって走った。ゴミ捨て場に捨ててある折れたビニール傘の前に立つ。
「オレの好きなものは、箒だぁ!」
ハムスターの姿のまま両腕を広げた。呪文を発する。
「ヒンシェ!」
小さな光が、ルークの両手に灯る。ルークは、ありったけの力をこめる。すべての毛が逆立ち、まん丸になった。
光は徐々に大きくなり、「行っけぇ!」というルークの声とともに、両手から飛び出した。