【小説】二番目のシンデレラ -48-
アーサーは、生徒を集めて授業を終わらせた。
生徒たちはボールをもどすと、校舎に入っていった。ルークは俯いたまま、ミチルのとなりを通りすぎた。
グラウンドには誰もいなくなった。芝が風になびく。座っている地面が冷たい。ここにいてもしかたがない。ミチルは立ち上がって、スカートをはらった。
グラウンドから校舎に入ると、廊下を見ながら歩いた。誰かとすれ違っている。知らない誰かと。影と声が行き交う。まるで水中にいるように、ぼんやりと鈍く知覚する。自分のいる空間だけが切り離されている。そんな気がした。
ふと見ると、階段のとなりに扉があった。そこは、まだ案内されていない場所だった。廊下をはさんで校舎の正面入り口の向かいにある扉。校舎の裏に抜ける扉だろうか。ミチルは、ゆっくりとその扉を開いた。
扉の先には、中庭が広がっていた。左右に張り出した校舎。その前には花壇が続く。中央には白い石造りの噴水。噴水からは放物線状に水が流れている。正面には裏山の傾斜が見える。気持ちと反するように、空は澄みわたっていた。
ミチルは、噴水の前のベンチに座った。膝を折ると、なにかが足にあたった。ポケットに手を入れる。出てきたのは、今朝受けとった懐中時計だった。
ボタンを押して、フタを開く。小さな歯車が、生きているかのように動いている。秒針は、同じ角度で少しずつ傾いていく。時間は進んでいる。それを、ただじっと見つめる。
風が花の香りをはこんできた。太陽からは暑さが伝わる。校舎からは音がもれ聞こえる。秒針はカチカチと進む。
また、はじまりの鐘が鳴った。まわりの音がすっと消える。噴水の水の音だけが続いている。
もっと音がほしかった。処理しきれないほどの喧騒の中でいたかった。もっとやるべきことがほしかった。考える暇を与えないくらい動いていたかった。
「じゃないと――」
『頑張ってないヤツが、簡単に言うな』
耳の奥でルークの声が聞こえた。ルークの目が、まだミチルを睨んでいる。
『自分のやりたいこともわかってないくせに、他人に頑張れなんて言うな!』
なにがダメだったのだろう。応援したつもりだった。成功してほしかった。なのに、返ってきたのは、痛烈な否定。
同じ疑問が、ぐるぐるとまわる。何度まわっても、答えにはたどり着けない。懐中時計の秒針が、また同じところをまわった。
「頑張ってない、か……」
ミチルは、何度も聞こえる言葉を声に変えた。溜息をつくと、急にまわりが暗くなった。同時に、強い風が吹きつける。ミチルは、顔を上げた。
「え?」
目の前に広がるのは、なだらかな裏山の傾斜のはず。けれど、そこには、空を覆う巨大な鷲の姿。
「大鷲……」
左右の校舎を優に超す両翼が、上からなぎはらわれた。
旋風が起こる。
風と砂ぼこりが、ミチルを襲う。
ミチルは、顔を反らして目を閉じた。
目を開けると、開かれた鋭いかぎ爪。
緋色の瞳は、ミチルを見据えてはなさない。
大鷲の瞳がギラリと光ると、翼を反らせて急降下した。