【小説】二番目のシンデレラ -74-
ミチルは、ただ立っていた。
目は開いている。けれど、見ていない。耳も聞こえている。けれど、聞いてはいない。ああ、そうか。脳が止まっているんだ。そう思った。
現実を受け入れることが怖い。それを受け入れると、きっと壊れてしまう。だから、止まっている。止まって、止まり続けて、それから、どうずればいい――。
ミチルは、人形のように歩き出した。玄関を出て、物置小屋にもどる。錠は開いていた。片手で軽く扉を引く。扉は軋みながら、内部を晒す。
静まり返った部屋。後ろによったソファ。斜めになったテーブル。よれたカーペット。丸められた原稿用紙。ミチルは、部屋に入ると、床で丸まっている原稿用紙を拾い上げた。
「アタシのせいだ。アタシが夢なんてみようとしたから……」
カーペットの上に膝を落とす。
望むと失う――。
なら、もう、なにも、いらない。
シンデレラなんかに、なれなくていい。
綺麗なドレスも、ガラスの靴もいらない。
舞踏会に行けなくてもいい、王子様にも出会えなくたってかまわない。
物語なんて、はじまらなくて、いい。
なにも望まない。だから、ルークをかえして――。
床にうずくまって、目を閉じる。
『これ、ハムスターじゃないか!』
『オレの叶えたいことは、ひとつだ。一流の魔法使いになること』
『自分のやりたいこともわかってないくせに、他人に頑張れなんて言うな!』
『一緒に見つけよう。ミチルの叶えたいこと』
真っ直ぐで、不器用で、優しくて――。
心が軋む。
空っぽに……。できないよ。
こんなに、いっぱい思い出があるのに、空っぽになんか、できないよ。
「ルーク……」
『あきらめるなよ』
耳の奥で聞こえる。
聞こえるはずのない力強い声が。
『あきらめるなよ。まだ、できることがあるだろ』
そうだ。きっと、ルークなら、そう言う。ミチルは、目を開けた。よれたカーペットを握り閉める。
「ルークを、助けに行かなきゃ」
ミチルは、両手で床を押す。立ち上がるのと同時に駆け出した。物置小屋の扉を開け放ったまま、走る。家の前の道路に出る。左右に分かれた道を見る。車は通っていない。きっと大通りのほうだ。
大通りに面した歩道を走る。保健所に処分してもらった、とシズエは言った。ミチルは、保健所を目指した。走っても三十分以上はかかる。ルークが連れていかれてから時間が経っていることは、わかっている。
「それでも」
ミチルは、両手をぎゅっと握った。