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【小説】二番目のシンデレラ -56-

ミチルは大きく二歩歩くと、ベッドの前で仁王立ちした。

両足を肩幅に開き、そのまま屈伸。今度は、背泳ぎするように両腕をまわす。最後に腰に手をあてて、身体を後ろに反らせた。万華鏡の天井を見上げる。

五秒ほどして、身体を起こすと、正面に白い壁。壁に万華鏡の模様が浮かんで見えた。筋肉痛のような痛みはあったが、怪我はしていない。

「よし、シャワーを浴びよう」

新しい服とタオルを持って、共有スペースにあるシャワールームに向かった。

脱衣所の鏡を見て、右の頬に絆創膏が貼ってあることに気づいた。ゆっくりとはがすと、こすれたように少し赤くなっていた。

シャワールームに入って、熱めのお湯を勢いよく浴びる。疲れごと流してくれているように気持ちがよかった。右の頬がヒリヒリするのをいまになって感じる。

ミチルは、目を閉じて、流れる水の音を聞いた。

『あなたの叶えたいことは、なんなのかしら?』
『自分のやりたいこともわかってないくせに、他人に頑張れなんて言うな!』
『あんたは、なにを目指すんだろうね』

「アタシは……」

もやもやとした思いだけが、流れずに心に引っかかっていた。

脱衣所のドライヤーで髪を乾かしたあと、向かいにならんでいる洗濯機のひとつに汚れた服を入れた。備え付けの洗剤を入れて、スタートボタンに指をおく。

洗濯機のボタンを押すのに躊躇ちゅうちょしたのは、はじめてだった。真っ白に戻したくない。そんな思いが、少しだけボタンを押すのを遅らせた。

洗濯を洗濯機にまかせて部屋にもどる途中、廊下の先で誰かが立っていた。入り口からの光で、顔がよく見えない。

「おはよう、ミチルさん。具合はどうだね?」

男の人の声だった。

「おはようございます。えっと、はい。大丈夫です」

ミチルは、その場で立ち止まった。

「それは、よかった。怖い思いをさせてしまったね」
「いえ、それが、全然怖くはなくて。必死だったからかな。でも、あんなに大きなわしがいて、しかも、さらわれるだなんて――」

ミチルは、大鷲のかぎ爪の中で、空高く舞い上がった瞬間を思い出した。

「まるで、物語みたいで」
「とても楽しそうな目をしているね。物語が好きなのかい」
「好き?」

思うのと同時に、ワクワクが胸に広がる。
ミチルは、顔の見えない人に、笑顔を向けた。

「はい、物語が好きです。でも、ほんとに捕まるのは、一度で充分です」
「それは、そうだね」

ミチルより背の高い男の人は、低い声で笑った。


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大塚裕人:ゆう
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