【小説】二番目のシンデレラ -82-
約束の金曜日。ミチルは、最大級のそわそわとともに、家を出た。
幸いにも三人は朝から外出。笑顔で追い出すように見送ると、「どりゃー」と叫びながら家事を終わらせた。傍らで見ていたルークは、口を開けて呆然としていた。
公園に着くと、入り口の正面にある時計は、十二時四十分だった。そわそわしすぎて、早く着いてしまった。ミチルは、いつものベンチに腰をおろした。
することもなく、気持ちだけがはやる。ベンチの上で、両足を交互に揺らした。足元で蟻が透明ななにかを運んでいる。自分より大きなものを運ぶなんて、すごいな、と思いながら、行く先を見守る。
ベンチの脚先に、小さな穴が開いていた。蟻は、その穴に透明なモノを入れようとしている。けれど、どう見ても穴より透明なモノのほうが大きい。
「それは、無理じゃない?」
「なにか、落としたの?」
顔を上げると、おじさんが立っていた。『ギャー』という叫び声をのみこんで、ぎこちない笑顔に変換した。
「早いね」
おじさんは、紙袋を膝において、ミチルのとなりに座った。紙袋からとり出した原稿用紙には、赤ペンでいろいろ書き加えられていた。
「まずは、ボクの感想。なんだか、すごくリアルだった。特に、大鷲にさらわれるシーンなんか、まるで見てきたみたいに」
さすがに『さらわれました』とは言えなかったので、はにかむように笑った。
「最初に言っておくけど、赤を入れたのは、正解じゃない。あくまで、ボクが、このほうがいいなと思った一例だと思って聞いてね。じゃあ、はじめからいくとね――」
おじさんは、最初のページから丁寧に説明してくれた。ミチルは、食い入るようにおじさんの説明を聞いた。言葉の使い方を間違えていたところ、主語を入れたほうがわかりやすいところ、視点がぶれているところ。
あれ? 前にも、こんな感じで――。
『ミチル、ここにも主人公の気持ちを入れてみたらどうかな?』
『主人公の気持ち?』
『そう。この主人公なら、ここでどう思うだろう?』
『この主人公なら……』
おじさんが、ダイニングにいた母さんと重なる。
「おじさん」
「ん?」
おじさんは、話すのをやめて、ミチルのほうに顔を向けた。
「アタシ、おじさんのとろこに行きたい」
「え?」