【小説】二番目のシンデレラ -67-
次の日、ミチルは倍速で家事を終わらせた。
「ちょっとミチルさん、真珠の――」
「はい、キクコお姉さま。真珠のネックレスです」
「ちょっとミチルさん、ド――」
「はい、トシコお姉さま。ドーナツと紅茶です。これ、お砂糖」
キクコとトシコは、それぞれネックレスとドーナツを持ったまま、ふたりして小首を傾げていた。
掃除が終わったのは、十四時半。最速記録だ。やればできるじゃない、アタシ。きっと、悦に入るとは、こういう気分なのだろう。違うかな? まあ、いいか。
夕食までは、まだ時間がある。ミチルは、一度部屋にもどった。物置小屋の扉を開けるのと同時に、声が聞こえた。
「ヒンシェ」
カーペットの上で、ルークがソファに向かって、魔法の呪文を発していた。ハムスターの姿で。もちろん、ステッキは持っていない。なにも持たずに、短い両手をソファに向けて伸ばしている。
ルークは、ミチルを見て目を丸くした。
「早いな」
「魔法の練習?」
「この姿でも、使えないかと思って」
「使えたの?」
「見ての通りだよ」
ソファは、ぼろぼろのソファのままだった。
「なんに変えようとしたの?」
「鹿」
「なんで!」
「ミチルが、びっくりするかと思って」
「そりゃ、びっくりするよ。部屋にもどって、鹿がいたら」
扉を開けて、ソファの代わりに鹿がいるのを想像する。そのまま腰をおろす。どんな座り心地なのだろう、って、おろさない、腰はおろさない。
「でも、学校にいたときに、ずっと鹿のオブジェを見てたから、好きなのかと思って」
「見てた。確かに、見てた。けど、好きとかじゃないよ、鹿」
「なんだ、そうなのか」
ルークは残念そうな顔をした。ミチルはソファを見て、鹿じゃないことを確認してから、ズズッと少し後ろに下げる。ソファとテーブルの間にスペースをつくると、テーブルに向かって正座した。
テーブルには、文具店で買ってきた原稿用紙をおく。
「なに書くんだ?」
ルークが、テーブルにのってミチルを見上げた。ミチルは眉を上げる。
「ひみつ」
「まだ、決まってないだけだろ」
「決めてるよ」
中学のときに使っていた缶のペンケースから、一番長い鉛筆をとり出した。ペンケースのとなりには、お小遣いで買ったマッチ箱をおいた。少し天井を見つめる。
「なに、笑ってるんだよ」
「え、アタシ、笑ってる?」
「ニヤニヤしてるよ」
原稿用紙は白紙。まだ、なにもはじまっていない。けれど、これからはじまる。ここからはじまる。そう、物語のはじまりだ。ワクワクが溢れた。