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【小説】二番目のシンデレラ -66-

膝の上で、ぱらぱらと、ページだけが進む。

「ストップ!」
「え!」

急にルークが声をあげた。ミチルは、勢いで本を閉じた。

「最後、なんて書いてたんだ?」
「最後?」
「最後のほうのページに、なんか書いてあっただろ」

ミチルは、はじめからページをめくって、物語の最後のページを開ける。

「暁(あかつき)?」
「ちがう、もっと後ろ。文章みたいな」
「もっと後ろ?」

ミチルは、残り数枚のページを一ページずつ、めくって確かめる。発行日や発行者が書かれたページの前。そこには、幼い字でこう書いてあった。

『虹色の町を、黒ねこと冒険する物語』

それは、確かにミチルが書いた文字だった。何度も読んではいるが、このページまで見ることはなかった。ここにこんな文字が書かれているなんて、気づきもしなかった。書いた記憶も、もうなかった。

ただ、その手書きの文字は、見失っていた記憶の扉を全開にして、ミチルに見せた。

『母さん。これ、読んで』
『ん? なんだい。物語を書いたのかい?』
『うん』
『黒ねこと虹色の町。面白そうだね』
『読んだら、どうだったか、教えて。ね、絶対だよ』
『うん、わかった。約束する』

母さんの手が、頭を撫でる。

『ミチル、あんたはワタシにそっくりだね』

数日後に、母さんは約束通り、感想を聞かせてくれた。

面白かったところ。漢字を間違えていたところ。こうするともう少しわかりやすくなる、といったことまで、ダイニングのテーブルの上で、何時間も教えてくれた。

その時間は、学校の授業よりずっと楽しくて、あっという間の時間だった。最後の原稿用紙が終わると、母さんは、目を見て言った。

『ミチルが書く物語、母さんは大好きだよ』

記憶の中のその声は、はっきりと聞こえた。

「どうして、忘れてたんだろう……」

溜息がもれた。
そのとき原稿用紙に書いた物語は、小学生が考えた荒唐無稽で無秩序な、ただの文字の集まりだったかもしれない。あちこち漢字も間違えていて、きっと読むのに苦労しただろう。

けれど、そんな文章を褒めてくれた。好きだと言ってくれた。

ミチルは、握った小説を見つめた。

「アタシ、この本を読んで、自分でも物語を書きたいって思ったんだ」

それが、はじまりだった。
それが、理由だった。


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大塚裕人:ゆう
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