【小説】二番目のシンデレラ -85-
「シズエさんは、ヤスアキくんとナギサが結婚する前から、ふたりをご存じですよね」
「それが、なんだというのです」
「空色の桟橋は、ナギサが書いた唯一の本なのですが――」
「はっ、あんな、くだらない本」
「読んだんですね?」
「なっ!」
「ヤスアキくんは、あの本が大好きでした。あの本は、ナギサ自身を映したような本です。無邪気で、真っ直ぐで、自由な。そんなナギサに、町長の娘という肩書を持ったあなたは、憧れたんじゃないですか。だから、ミチルちゃんには、ナギサとは同じ道を歩ませないように――」
「黙りなさいっ!」
バンッと大きな音が響く。シズエが、両手をテーブルにたたきつけた。ミチルは、驚いて目を閉じた。
「ウチのものでもない人間に、衣食住を与えてやっているのですよ! 役目を果たすのが、当然のことでしょうに!」
「ウチのものではない?」
「そうです。ミチルは、ウチのものでは、ありません」
ミチルは、キッチンで左手の人差し指を強く握った。おじさんは、ゆっくりと息を吐いた。
「では、ウチで預かっても、問題はありませんよね」
「屁理屈を! お前に、そんな財力があるとでも」
「確かに、シズエさんのウチに比べれば、微々たるものです。でも、夢を応援することはできます」
ミチルはキッチンから飛び出して、シズエの前に立った。
「お母さま、アタシ、物語を書きたいんです! 母さんが目指した道を、母さんの夢を、アタシも目指したいんです!」
「どいつも、こいつも、あの女のことばかり!」
シズエは、顎を高く上げ、勢いよく鼻で息を吸いこんだ。
「せっかく、楽に生きられる道を用意してやったのにねぇ」
ねっとりとした低い声で、ミチルに言った。
「楽じゃなくていいんです。辛くても苦しくても、歩きたい道を歩きます」
ミチルは、シズエの目を見てはっきりと答えた。
「はっ。せいぜい苦しんで、後悔することを、心から祈りますよ」
シズエは吐き捨てた。椅子から立ち上がったシズエに、おじさんが言う。
「では、お預かりしますね」
「ウチのものではないと言っているでしょうが!」
シズエは、扉をたたきつけるように閉めると、ダイニングから出て行った。