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【小説】二番目のシンデレラ -65-

ミチルが、物置小屋に入ると、ソファの上でルークがチョコに噛りついていた。

「早かったな」
「前と同じだよ」
「そうか?」

ミチルは、ルークのとなりに、どさっと腰をおろした。そのはずみで、ルークが軽く飛び跳ねた。頭をかかえて溜息をつく。整理できずに頭の中が、ごちゃごちゃしている。

ルークのところから家に帰ってきたのはいいけど、時間をさかのぼっていて、そのまま買い物に出かけたら、壺を買わされそうになって、シンデレラメイクを断った直後に、壺の代わりにマッチを買って、ネギを落としたら将棋のおじさんに会って、大切にしてきた小説を書いたのが母さんで、最後は一緒に住まないかい。めちゃくちゃだ――。

一度、深呼吸する。
前半は、もういい思い出として閉まっておこう。考えるのは、後半だ。ミチルは、ソファのわきにおいてあった本を膝にのせた。

愛里あいざと結月ゆづき

表紙の著者名を声に出す。どうして、教えてくれなかったのだろう。もしかしたら、いつか教えようと思っていたのかも知れない。

でも、その日が来なかった。
考えても答えは出ない。ひとつだけ言えるのは、もし知っていれば、母さんが書いた本として、その物語を読んだだろう。

膝の上で、ぱらぱらとページをめくる。ルークが、肩の上にのぼってきた。

「落書きしてるのか?」
「ちがうよ。読めない漢字を書いてたの」

ページの空きスペースに漢字とふり仮名が書かれている。書いたのは、小学生のミチル。お世辞にも綺麗な字だとは言えない。

『桟橋(さんばし)』『覗く(のぞ)』『呟く(つぶや)』『曖昧(あいまい)』

今なら簡単に読める漢字も、そのときは、読み方と意味を一生懸命に調べておぼえた。それから、だんだんと言葉からイメージを描けるようになった。きっと、こんな感じだろうと。

何度か読み返すうちに、映像を見るように、ページをめくっていた。そのとき、ふと思った。言葉は、色鉛筆のようだと。

いろいろなイメージを描くことができる、色鉛筆のようだと。辞書を引いて、新しい言葉に出会うたび、新しい色鉛筆をもらったように嬉しかったのを思い出した。

「ミチルは、その本が好きなのか?」
「うん、好きだよ」
「面白いからか?」
「うん、でも、それだけじゃないの。それだけじゃ……。ねえ、ルーク」
「ん?」
「ルークは、なんで、一流の魔法使いを目指そうと思ったの?」
「なんでって、ウチがそういう家系だから、かな。あとは……」
「あとは?」
「はじめて魔法を使ったとき、父さんがほめてくれたんだ。お前の魔法は、必ず世界の役に立つ、って。それが、嬉しかった。だから、一流の魔法使いになりたいって、そのとき、そう思った」
「嬉しかった……」

まただ。気持ちが先にもどっとくる。
アタシは、なんで、嬉しかったの……。


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大塚裕人:ゆう
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