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【小説】二番目のシンデレラ -81-

おじさんに物語をわたしてから、そわそわが止まらなかった。

おじさんは、どう感じるんだろう。勢いで書いて、そのあと、原稿用紙が回収車にのってしまった。それから、書き写しはしたけれど、すぐにでも読んでもらいたくて、きちんと読み返さずにわたしてしまった。もっと、ちゃんと読み返してから、わたせばよかったかな。

ミチルは、上の空で、家事をこなしていた。

「ミチルさん! どれだけ、カレーをかけるつもりですか!」
「申し訳ありません! キクコお姉さま」

ミチルは、慌てておたまを鍋にもどした。

「あなた、豚じゃないんですから、そんなに食べられますか!」

キクコは、言ったあと、はっとしたように、となりを見た。キクコの皿に盛った量と同じ量のカレーが、となりのトシコの前におかれていた。トシコは、じとりとした目つきでキクコを見た。キクコは、ごほんと一度咳払いをする。

「とにかく、ほうけてないで、その、あれですよ。ちゃんとなさい」
「はい。申し訳ありませんでした」

ミチルは、鍋をコンロの上においた。引っかけてある布巾を、ぼんやりと見つめる。

『さんばしって、なに?』

小説を読む前に、母さんに桟橋の意味を訊いた。けれど、教えてくれなかった。

『読めば、わかるよ』

母さんは、そう言って笑うだけだった。そのあと、桟橋を辞書で引いた。それが、船が着くために水の上につくられた橋であることを知った。テレビで見た映像を思い浮かべて、ああ、あれのことか、と思った。

けれど、母さんの小説の桟橋は、帰る場所であり、出発する場所だった。言葉は、物語は、おもしろい。そのとき、そう思った。

アタシの文章は、母さんの文章に似てるかな。いや、アタシは、アタシの文章しか書けない。それでも、どこか、母さんの文章に似てると嬉しいな。そんな気持ちで、引っかけてある布巾を手にとった。

「ミチルさん、おかわり!」

ダイニングから、トシコの声が飛んできた。



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大塚裕人:ゆう
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