【小説】二番目のシンデレラ -70-
「見てもいいのか?」
「うん」
ミチルの横を通って、ルークが原稿用紙に手をのばした。
「魔法使いと緋眼の大鷲」
ルークは、はじめのページのタイトルを読み上げた。それからしばらく、原稿用紙をめくる音だけになった。数枚めくったあと、ルークが手を止めた。
「これって、オレとミチルの」
「そう、ルークとアタシの物語。名前はちがうけどね」
ミチルは、寝っ転がったまま、ルークを見上げた。ルークの顔は、原稿用紙で隠れて見えない。天井の照明が眩しい。目を閉じても、眩しさだけが瞼を通ってくる。
「ちゃんと、読むよ」
「うん、ゆっくり読んでぇ。アタシ、もう眠くてぇ……」
ミチルは、カーペットに倒れこんだ形のまま、寝息を立てはじめた。ルークは、ベッドから薄い掛け布団を持ってくると、ミチルにそっとかけた。テーブルの上の小さなライトをとって、ミチルの横を音がしないように通る。
部屋の照明を落とすと、部屋が夜の色に変わった。なにも見えないわけではない。窓の外のほうが明るい。
ソファの上に分厚い教科書を横にして、その上にライトをのせた。スイッチを押す。小さいわりに勢いのある光に、思わず目を細めた。何度か瞬きして目を慣らす。原稿用紙に目を落とすと、書かれた文字を追いかけた。
見えているはずの文字が、映像を作り出す。静かな夜。時計の音しか、しないはずの部屋の中で、ルークは騒がしい物語に巻きこまれていた。自分じゃない誰かが、ページをめくっていた。
ミチルが、ゆっくりと目を開けると、ベッドの下の床が見えた。先週、落として行方不明だった五十円玉が、暗がりで救出を待っていた。けっこう奥まで転がったんだな、と思いながら、カーペットの上で寝ていることに気づく。
部屋が明るい。窓を見ると、外はまだ暗かった。ライトの光だとわかって、身体を起こしてふり返る。ソファの上で、ライトが光っていた。
ライトは、ソファの上の原稿用紙と、そのとなりで眠っているルークを照らしていた。三分の一ほど読んで、そのまま眠ってしまったようだ。ソファにもたれかかったルークは、原稿用紙を数枚持ったままだった。
ミチルは、ルークの手から原稿用紙をそっと抜きとると、薄い掛け布団をルークにかけた。テーブルの前に座る。床の上で寝ていたからか、首の右側が痛かった。
時計を見ると、三時三十三分。おぉ、ゾロ目。アナログ時計なので、ゾロ目感はまったくなかったが、少し嬉しい。早起きは三文の徳だ、と言うけれど、三文が何円なのかはわからない。けれど、三文と五十円、得をした。
今日は、いい日になりそうだ。そう思って、夜と朝の間の色をした窓を見つめた。