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【小説】二番目のシンデレラ -88-

最後の家事を終え、ガチンと家の鍵を閉めた。
空は、すべての光を吸収して黒になり、変わりに遠くで星が輝いていた。

物置小屋にいたルークは、ハムスターから少年の姿にもどっていた。ルークは、本棚があった場所の前でうつむいている。ミチルがルークの前に立つと、ルークは顔を上げた。

「よかったな。叶えたいこと、見つかったし、おじさんも応援してくれて」
「うん、ルークのおかげ」

会話の途中に、静寂が割りこむ。これからの展開など、もうわかっている。だから、進まないように、静けさが時間稼ぎをしている。

けれど、物語は、進まなければ紡がれない。俯いたミチルが、唇を噛みしめる。ルークが、すっと息を吸う音が聞こえた。

「オレ、一流の魔法使いになるから」

真っ直ぐにミチルを見つめる。

「アタシだって、もっともっと、物語を書くんだから」

上手く笑えている。そう思った。
けれど、涙で前が見えない。

ミチルは、両手をのばして、涙の先で立っているルークを抱きしめた。ミチルが腕にぎゅっと力をこめると、ルークの腕がミチルの背中をそっとつつんだ。

「楽しかった。ミチルと一緒にいれて」
「アタシのほうがっ……、アタシのほうが、楽しかったよ!」

もう立ち止まらない。
見つけたから、進みたい道を。
一緒に見つけたから。

「絶対、また、会おうね!」
「約束する」

ルークは、ミチルの両肩に軽く触れると、そっとミチルから離れた。三日月のマークが入ったステッキをとり出す。握った右手が、わずかに震えていた。

一度俯くと、すっと顔を上げた。ルークは、とっておきの笑顔をミチルに向けた。そのまま大きく息を吸う。

「クレニイチュア!」

七色の光が、ルークをつつんだ。
光の向こうで、ルークのほおを一筋の涙がつたった。

七色の光は、徐々に白っぽい光に変わり、光の粒が物置小屋の中に広がった。光が消えると、そこにルークの姿はなかった。家具の跡だけが、静かに残っていた。


ミチルは、天井を仰ぎ見て、ありったけの涙を流した。涙なのか鼻水なのか、もうよくわからなかったけれど、ひたすら溢れ出てきた。流れ落ちたしずくが、乾いた床板に染みこんだ。

ひとしきり泣いたあと、ミチルは、買い物用のリュックをのぞきこんで、タオルを探した。見つけたタオルを、リュックから引っぱり上げる。強引に引っぱったせいで、その他諸々も一緒に飛び出した。

「もうぉ……」

自分でしたことに後悔しながら、タオルで顔を拭くと、散らばった諸々を拾い集めた。はれぼったい目は、役に立っていない。

手探りで、辺りのものを見つけては、リュックに入れた。布団の上に転がったものを掴む。それは、銀色の懐中時計だった。

「これ、ルークの」

ミチルは、目をこすって、懐中時計を開いた。銀色の文字盤の上で、時計の針が、十二時をさそうとしていた。

長針と短針が重なる。
秒針は進む。十秒、二十秒――。

「それでも、魔法は、とけませんでした」

シンデレラの願いは、十二時でとけてしまった。けれど、ルークと一緒に見つけた、アタシの願いは終わらない。これから、アタシが叶えていく。

アタシは、幸せにつながるガラスの靴は持っていない。持っているのは、白紙の原稿用紙。歩いてみないとわからない未来。

だから、歩き出そう。
物語を紡ぐように――。

「母さん。アタシ、いま、スタート地点に立ったよ」

窓越しに見上げた空には、銀色に光る三日月がかかっていた。


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大塚裕人:ゆう
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