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【小説】二番目のシンデレラ -79-

最後のページの『。』を書き終えて、鉛筆をおいた。

右手がしびれている。指を動かすと、びついたロボットのようにぎこちなく動いた。

窓の外には、夜が来ていた。ふり向くと、少年のルークがソファの上で丸くなって眠っていた。時計の針がさしているのは、一時二十四分。

「ふぬぅー」

天井に向かって両腕をのばすと、固まっていた疲れがほぐれるのを感じた。書き終えた原稿用紙と、カーペットの上においた原稿用紙を重ねる。テーブルの上でトントンとそろえると、原稿用紙は綺麗に重なった。
 

次の日、ミチルは普段と変わらぬよう、家事をこなした。昼前に三人は家を出た。

玄関先でシズエがちらりとミチルを見た。ミチルは静かに頭を下げた。シズエは、そのままミチルの前を通りすぎた。

ミチルは、三人がタクシーに乗って出ていくのを確認すると、くるりと方向を変え、家に飛びこんだ。玄関でサンダルを脱ぎ捨てると、一目散にリビングに向かった。

リビングにおかれた白い長方形の電話機は、ボタンだけが黒で、いつもミチルに磯辺焼きを連想させる。そのあとに、必ずトシコの顔が浮かぶ。そういう病気なのかもしれない。ミチルは、トシコの顔をふりはらった。

エプロンのポケットから名刺をとり出すと、確認しながら、携帯電話の番号をプッシュした。

「はい」

コール音が二回したあと、おじさんの声がした。

「あの、将棋のおじさん?」
「ああ、ミチルちゃん。どうしたの?」

おじさんは、外を歩いているようで、後ろからガサガサとした音が混じる。

「えっと、お願いがあって」
「ボクに? なにかな?」
「あの、アタシ、物語を書いたんです。それで、読んでもらいたくて」
「ミチルちゃんが? ほんとに?」
「おじさんにしか、お願いできなくて」
「そう。うん、わかった。じゃあ、前の公園で会おうか」
「はい。忙しいのに、ごめんなさい」
「そんなことないよ」

ミチルは受話器をおいた。ふうと息をつく。私的な電話をしたのはいつ以来だろう。思った以上に緊張した。しばらく磯辺焼きの電話機を見つめた。



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大塚裕人:ゆう
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