【小説】二番目のシンデレラ -80-
ミチルは、リビングのクローゼットを開けると、そこに束ねてある紙袋を、上から順に一枚ずつ持ち上げた。
ちょうどいい大きさの紙袋を引っぱり出す。茶色の紙袋に、緑の紙袋の絵が描かれている。なんの紙袋かは、わからなかったが、それに決めた。
紙袋の絵が描かれた紙袋を持って物置小屋にもどり、テーブルにおいた原稿用紙の束を入れてみた。あまりにも、ぴったりの大きさだったので、小さくガッツポーズをした。
ミチルがエプロンを外すと、ルークが顔を上げた。
「出かけるのか?」
「うん、行くよ」
「どこに?」
「公園」
ルークを肩にのせて、物置小屋に錠をかけた。
公園には、ちらほらと人がいる。ベンチでサンドイッチを食べているサラリーマン。ベビーカーを押しているお母さん。二羽の鳩を見ているおじいさん。平日の昼間は、子どもたちの遊ぶ声は聞こえてこなかった。
ミチルは、この前と同じベンチに座った。この前より時間が早いせいか、ベンチには少し日が射していた。
空を見上げると、遠くに入道雲が浮かんでいる。入道雲は、湯上りに頭に巻かれたタオルに変り、下にキクコの顔が浮かんだ。ミチルは、首をふってキクコの顔をふりはらう。新しい病気になったのかもしれない。
「ミチルちゃん」
公園の入り口から、将棋のおじさんの声がした。
「お待たせ」
ミチルは、立ち上がって頭を下げた。
「すみません、急に電話して」
「かまわないよ」
ふたりは、ベンチに腰かけた。
「物語、書いたんだって?」
「はい」
ミチルは、紙袋の中から原稿用紙をとり出した。それをおじさんにわたす。
「すごい! たくさん書いたね。しかも手で書いたんだ」
「アタシ、パソコンとか持ってないから、読みにくいかもしれないけど」
「いいよ、いいよ。なんだか、子どものころを思い出した」
おじさんは、どこか遠い目をして、受けとった原稿用紙を見つめた。
「ナギちゃんとね、いろんな物語を考えて、原稿用紙に書いたんだ」
「母さんと?」
「そう。ナギちゃんは、いつもボクじゃ思いつきもしないようなことを思いつくんだ。海賊の名探偵とかね。七つの海を股にかけて謎を解く! なんて言ってね」
ミチルを見て笑ったおじさんの顔は、少年のように見えた。
「三日後、金曜日まで待って。金曜の昼の一時に、またここで会おう」
「わかりました。お願いします」
ミチルは、持っていた紙袋をおじさんにわたした。おじさんが原稿用紙を紙袋に入れると、おじさんの胸のポケットから軽快な音が流れた。聞きおぼえのある曲。ミチルの頭の中で、鼓笛隊が行進した。おもちゃのマーチだ。
「仕事だ。ミチルちゃん、ごめん。また金曜日に」
おじさんは、右手に紙袋、左手で携帯電話を耳にあてた。一度ふり返ると、『ごめんね』の顔を残して、小走りで駅のほうに向かって行った。