【小説】二番目のシンデレラ -62-
「あの、すみません」
「えぇ、またぁ」
背中に『勧誘歓迎』と、はり紙でもされているかのように声がかかる。さすがに、もう充分という気持ちで、眉をハの字にしてふり向いた。
「ネギ、落としましたよ」
青いポロシャツに、四角い眼鏡をかけた男の人は、長ネギを一本、両手で持っていた。
「うそっ」
ミチルが買い物袋を見ると、確かに、さしたはずの長ネギの姿がなかった。エリンギは何度か落としたことがあったが、長ネギを落としたのは、今日がはじめてだった。
「すみません。ネギ、落としてしまって」
ミチルは、慌てて男の人のもとに駆けよった。男の人が両手で長ネギをさし出したので、ミチルも両手で長ネギを受けとった。なんだか、優勝旗を贈呈されているような格好になった。
「あれ? もしかして、ミチルちゃん?」
贈呈が終わると、男の人はミチルの名前をよんだ。ミチルは、勢いよく顔を上げた。片手にネギを持ったまま、男の人をまじまじと見つめる。
「将棋のおじさん?」
「そうそう」
その人は、父が再婚する前、家に来ては、父と将棋をさしていたおじさんだった。ミチルが、勝手に『将棋のおじさん』とよんでいただけで、本当の名前は知らない。
「おじさん、この辺に住んでるんですか?」
「いや、ボクは、仕事でここに来てたんだ」
そう言うと、財布から名刺をとり出して、ミチルにわたした。その名刺には、『ライター』と書かれていた。
「ミチルちゃん、いま、少し大丈夫?」
「え、あ、はい」
ミチルは、おじさんに誘われて、近くの公園のベンチに腰かけた。
「はい、お茶」
「ありがとうございます」
自動販売機から出てきたばかりのお茶は、書かれている通り『つめた~い』だった。
「ミチルちゃん、元気だった?」
「はい」
ミチルは、もらったお茶を見ながら答えた。家に来ていたので知ってはいるが、父と将棋をさしていたおじさん以外のことを、なにも知らない。あまり話したこともなかったので、どうしたらいいのか、よくわからなかった。
「この子は?」
おじさんは、肩の上のルークを指さして言った。
「えっと、ハムの、ハムスターのルークです」
ルークを肩の上にのせたままだった。何度も瞬きしながら答える。
「そっか。じゃあ、ルーク、はじめまして」
ルークも動揺したのか、おじさんの声に合わせて、ペコッと頭を下げた。
「はは、礼儀正しいんだね」
おじさんは、缶コーヒーを開けると、ひと口飲んだ。
「ボクはね、ナギちゃん、つまり君のお母さんのいとこなんだ」
ミチルは、そこではじめて、両親と将棋のおじさんの関係を知った。