GREATER MAGIC 邦訳補遺集 巻之壱 J・N・ヒリアード著 富山達也 訳 

 2024年冬のマジックマーケットで購入したものの感想を書いていきます。この本に関しては購入していないのですが、知り合いが購入していたため奪って貸していただきました。


 マジックの古典的名著である「GREATER MAGIC」の邦訳です。かつてユニコン出版より四巻(原著の第26章まで)邦訳されて出ていたのですが、それ以降がなかったことから補遺集として邦訳されたそうです。巻之壱とあることから続編を想定しているとのことで、この巻では原著でいう28章(八八〇ページ)より前までを翻訳しています。
 訳者は「ネモニカ学習帳」で有名なきょうじゅさん。シーランド公国の伯爵であり、24歳のOLです。小石川文庫名義で邦訳を行っている方で、Guy HollingworthさんやRyan Murrayさん、Pit Hartlingさんといった海外マジシャンの邦訳を書いていらっしゃいます。あまり詳しくは知らないのですが、個人で翻訳している方なのでしょうか?訳の精度が非常に高い、画像の挿入の仕方や編集の仕方が原著に忠実、選ぶ本に外れがないと、素晴らしい邦訳を多く作成している方です。最近は企業がAIや自動翻訳を使って邦訳したものを売り出したり公開したりしていますが、そういった訳し方では伝えきれない原著の良さをうまく引き出している、類いまれな邦訳者です。
 私も小石川文庫もといきょうじゅさんの本には多くお世話になっており、今のところ出た本は(知人に借りたものも含めて)すべて読ませていただいています。ネモニカもきょうじゅさんの本で覚えましたし、どの作品、邦訳からもマジックへの深い愛と造詣が感じられ、ひそかに尊敬しているマジシャンの一人です。マジックの世界とは多くの人の努力が少しずつ推し進めているものだと考えているのですが、きょうじゅさんの活動は間違いなく、日本のマジック界を強く支えるものだと思います。英語圏外という世界的な文化を受容しにくい土地でも、Fismを始めとした世界的なマジックの集まりで日本人が活動できているのは、このような力強い個人が努力を重ねてきた結果であり、若い世代の私たちはそれらを受け継いで後世に残していきたいと改めて意識させられます。マジックという表に出たものが評価されがちな世界で忘れがちですが、文化そのものを支えている天才というのは確実に存在し、きょうじゅさんはその一人であると思います。誰にでもできるわけではない数々の偉業に敬意を示します。


 
 

 今回訳されている「GREATER MAGIC」はJ・N・Hilliardさんにより纏められたマジシャン向けのマジック百科事典です。マジックの本としてはかのターベルコースと並べられるものであり、20世紀のマジック文化において大きく影響を与えた本となっております。立ち位置としては古典文献となるものですが、今でもその価値は薄れることなく、世界中のマジシャンに愛され参考にされてきているものです。日本においても前述の通り途中までは邦訳されていたのですが、早くも稀覯本となってしまい入手が難しくなってしまっていました。私も知人が片手間に訳したものを一部読ませていただいていたのですが、しっかりとは読めないため歯噛みしていた多くの本の一つとなります。新たな天才を即輸入することも大事ですが、こういった古典的な大作を訳して地盤を固める作業というのも同じぐらいには大事だと思います。
 内容は八十年前の本とは思えぬほどにしっかりとしており、現代のマジシャンに向けても通じるようなキラートリックとなるものがいくつも見つかりますし、今では使われなくなってしまった素晴らしいプロップも多く載っています。電子ギミックや微妙な心理トリックで誤魔化すものを称揚しがちな現代よりも実践的といえるのではないでしょうか。まぁ寄稿しているマジシャンの面々を考えれば当たり前な話です。Howard Thurston, Dai Vernon,
Harlan Tarbell,Paul Curry,Theodore Annemann, J. N. Hofzinser, Percy Abbott, John Ramsay, Houdini, Harry Kellar, Billy O'Connor, Milbourne Christopher, Chung Ling Soo, Al Bakerなどといった今でも名前を聞く天才たちを始めとした百人以上のマジシャンが協力しています。これら誰か一人が協力しているだけでも必読と呼ばれるレベルなのにもかかわらず、それらがまとめてあるという贅沢が許されている名著です。
 


 今回は紹介されている作品が非常に多いため、目を引いたもののみ簡易に紹介していく形となります。どんどん文字数が増えており、このままだとコンスタントな感想が書けていないと判断したため新たな取り組みとして試してみます。


 ・四つの角砂糖(The Four Sugar Cubes)
 角砂糖を用いたチンカチンク現象です。マトリックスやアセンブリーとの違いが難しいのですが、チンカチンクは手だけで一か所に集まる現象。アセンブリーはテーブル上で一か所に集まる現象。マトリックスは手などで触れずにカードなどの遮蔽物で隠して一か所に集めるものだそうです。厳密にはチンカチンク自体コインでやる前提があり、Devid Rothが四つの角砂糖をコインに応用したものをそう呼んだことに始めりますので、このマジックをチンカチンク現象というのは倒錯的です。チンカチンクとは流れが異なり、よりシンプルなものとなっていますが基本的には同じです。角砂糖を使うことで良い点はラッピングして踏みつぶせば証拠が隠滅できる点でしょうか。即興で行えるトリックとして紹介されていますが、最近は角砂糖をおいている喫茶店も少なくなってきたので演じるのが難しいです。紙マッチといい、古典の良いトリックが演じにくくなってきているのが悲しいです。


 ・マッチを使った素敵なフラリッシュ(A Pretty Match Flourish)
 昔知人に見せてもらいましたが、まるで魔法のように見えたことを覚えています。補遺集を読んで初めて種を知りましたが、親指がかなり熱そうであり、練習も難しいのではないでしょうか。
 見せてくださった方はマジシャンではなくただの喫煙者なので、ジッポトリックのように伝わっているのかもしれません。成年してタバコを吸うようになれば覚えたいかっこいいマジックです。


 ・リンキング・マッチ(THE LINKING MATCHES)
 爪楊枝などで演じられるのをよく見ます。子供用のマジック本にも載っている有名なトリックです。特殊な持ち方に硫黄マッチを使うのですが、現代のマッチは大体硫黄を含んだものですので使用できると思います。1922年までは黄燐マッチが存在したため、それらを使わないための注釈だと思われます。
 ここでは基礎的な動きしか載っていないため、発展させたルーティンとしたいなら別の資料も必要です。この現象の発展のさせ方を私は知りませんが。


 ・空中でマッチに火をつける(Striking a Match in the Air)
 かなりフラリッシュな現象です。解説を見ても実演できる気がしませんが、きょうじゅさんのTwitter曰く実演できるそうなので練習する価値があるかもしれません。前述のマッチを使った素敵なフラリッシュと同様、格好がいい小ネタとして覚えておきたいものです。


 ・浮遊するマッチ(The Floating Match)
 古典マジックによくある力業な解決です。演じるところは選びそうですが、解説にもある通り演じれさえすればかなり強い現象なのではないでしょうか。ギミックを作ることと、不器用だと処理の際にギミックがケガのもとになりそうです。マジックテーブルで有名な現象とはかなり違いますが、ビジュアルでは共通しているところがあります。ほかのマッチトリックに合わせてトリネタとして重々しく演じることをお勧めします。


 ・鉛筆から湧き出る水(The Pencil Fountain)
 現象は小さいながらもビジュアルであり、魔法的です。まだマジックに魔法的なイメージがついていた時代の名残が見受けられる作品です。現在でも演出としてはサイキックの流れに合わせたほうが演じやすいのではないでしょうか。サイババなども小さなトリックを最大限に魅せていましたが、このトリックもそういう部類でしょう。準備も簡単ですし、奇跡を即興で起こすときに向いています。のちに紹介されている靴に止まる蝶の解説にも書いていますが演出が肝になる作品であり、素朴なトリックに思えるものでも使いこなせるものが名手となることを改めて思い起こさせる作品です。


 ・3枚のシガレット・ペーパー(The Three Cigarette Papers)
 素朴な作品を最大限まで高めたものです。トリックを見たら良い意味でがっかりするマジックなのではないでしょうか。昔見た赤松洋一さんのPKモーターのような印象を覚えました。賢さでいえばPKモーターのほうが圧倒的に優れたトリックなのですが、どちらもちょっとした力が本物のように感じられる作品ということで好みです。
 カードではないですが、古典の作品はどれも現代より素朴な魔法らしさを体現しており、素晴らしいものが多いように感じてつい手を出したくなります。


 ・トリッキーなシンブル(The Tricky Thimble)
 シンブルネタですが、想像しているものとかなり違います。シンブルでもこの方向の面白い現象が起こせるのだと感心しました。解法としては好ましくないものであり、現象も素朴ではありますが、基本のシンブルに慣れ親しんだ人であっても十分驚く作品となっているでしょう。
 どこかで聞いた話では、日本では大学生マジック文化が強いおかげでシンブルが今でも生き残っており、海外ではかなり珍しいものになっているそうです。真偽のほどは定かではありませんが、もし私が大学でマジックサークルに入ってシンブルトリックをするようになった時には、必ずこのマジックを後輩に演じたいです。


 ・両面に番号を振りつつ、片方の面にメッセージを記入しておく方法(To Number  the sides and yet have a message written on one side)
 スレート(黒板)トリックの技法紹介となります。スレート自体現代ではあまり見かけなくなったものですが、ホワイトボードでもそのまま応用できます。現代演じるならホワイトボードのほうがあっているのかもしれませんが、やはりスレートのほうがどこか雰囲気を感じられて良いでしょう。
 交霊術などで使われるように、スレートは霊からの伝言などをつたえるトリックが多いです。これもそのようなものに応用できる技法であり、動きなども自然に見せられます。現代でも応用してトリックを作成できると思います。数字のフォースと組みあわせるか、ほかのスレートトリックと合わせるだけで、交霊術の1演目へと昇華させられると思いますし、ダブルライティングや即興の桜のようなメンタル演技にも使えそうです。
 

 ・ガラスを貫通するガラス(Glass Through Glass)
 ガラスを貫通するガラスのトリックです。大きいが素朴なギミックであり、ガラスに貼り付けたカードにガラス棒を突き刺すものです。よくある貫通現象の古典であり、解法もストレートです。自作するのは難しいですが、古典である分そこらのマジックショップにも同じ解法のものがあるのではないでしょうか。ミスターマリック感ある現象であり、今でも色あせることのない良いトリックだと思います。
 マジシャンなら皆種を知っているようなものですが、細かな演出やサトルティまでは知る人が少ないです。より大きなものまで通るように錯覚させるような演出は今でも応用が利くのではないでしょうか。非才なため良い方法を思いつきませんが、読んでいてワクワクしたものの一つです。


 ・中国の祈りの壺(The Chinese Prayer Vase Routine)
 ドン・ホワイトさんによって改案されたひもで壺を浮かすマジックの演技です。TRICK劇場版の第一弾で仲間由紀恵が演じていたマジックの発展版であり、仲間由紀恵もGREATER MAGICを読んでいればあそこまで馬鹿にされなかったのではと思います。子供用のマジック本に載っているトリックしか知らないマジシャンであれば騙されるのではないでしょうか。
 解法自体はかなり簡易であり、即興で演じられる部類ですがその分実用的です。紹介されているパターも丁寧で、マジシャンキラーなトリックを探している方にもお勧めできるのではないでしょうか。
 このような古典で実用的なものを見つけるたびにどこかで演じたいと思うのですが、演じる機会に恵まれないのが最近の悩みです。


 ・新しいバニシング・グラス(The New Vanishing Glass)
 液体の入ったグラスを両掌で潰して消してしまうものです。現代マジシャンからすればこれが古典であり、新しいというネーミングに不思議な思いを浮かべると思います。解法としては想像通りのそれであり、Percy Abbottさんが考案したということが何よりの驚きでした。これより前のVanising Glassはどうやって演じていたのか気になります。
 現代のマジシャンもなんとなく想像がつくということからわかる通り、現代でも実用的なトリックです。代替となるものもうまく探せば百均などでそろいますし、道具を忘れた際でも覚えておけば有用なトリックとなるのではないでしょうか。安定性などに違いはあるのでしょうが、マジックショップでも高い道具を買わずに済む分、読んでおいてよかった作品です。


 ・コンパクトを使った当て物(A Compact Divination Trick)
 かなり賢く、良いトリックです。現象としては観客に合わせてもらった時計の時間を見ずに当てます。コンパクト・ケースがどのようなものかわからなかったため、原著のほうも確認したのですが、やはりコンパクト・ケースとしか書いていませんでした。時計自体はそれらしきものを作ると解釈しています。作品中ではシンブルを用いますが、なくとも演じることができます。三度同じ現象を繰り返す想定ですが、そうすることでトリックを追えなくする良い工夫がなされています。
 演技自体に難しい部分はなく、大胆な解法も小気味よいものとなっています。三度繰り返さずとも十分強い現象であり、メンタルマジックなどに組み合わせればかなり強いと思います。
 

 ・砂漠の砂(The Sands of the Desert)
 有名な水の中に入れた色砂を分けて乾いた状態で取り出すマジックです。テレビなどでも放映されており、実験玩具としてロフトなどでも売られていたため知ってる人も多いと思います。ここでは当時の有名マジシャンたちの細かいコツやサトルティが載っており、現代でも応用の利く内容となっています。ここでは蝋を使った方法を紹介していますが、原案となったインドのマジックではラードを使っていたように記憶しています。どちらのほうが良いかはわかりませんが、解説中でディーラーから購入したものはそのままでは使えないと書いていることからも蝋のほうが良いのでしょうか。もしかしたら当時のディーラーがラードを用いて加工した砂を作っており、それらでは安定しなかった結果かもしれません。ラードのトリックが載っている本「HINDU MAGIC AN EXPOSE OF THE TRICKS OF THE YOGIS AND FAKIRS OF INDIA」は1913年に発売されており、20年ほどの時間があるため時系列的にも不思議ではありません。

 ・奇術に役立つ情報(Tricks of the Trade)
 マジック道具の整備法や作り方が載っています。フラッシュ・ペーパーの作り方やカードを貼るのに優れたラバーセメントといった有用な情報から、鍋にこびりついた卵汚れの綺麗な落とし方といった主婦の知恵のようなものも載っています。私はベルベットの汚れの取り方を知れてうれしかったです。これはベルベット以外にもブラックアート用の黒い布にも応用できるのではないでしょうか。


 ・実用的フラッシュ・ポット(A Practical Flash Pot)
 フラッシュを起こす道具の作り方が書いています。黒色火薬やアスベストなど現在の日本では手に入れにくいものが多用されていますが、簡易に作ることができ文字通り実用的です。応用したら爆弾が作れると思います。FM5-31米陸軍野外教本にあるブービートラップの作り方にも構造としては近しいものが載っています


 ・スピリット・グリップ(The Spirit Grip)
 交霊会などで使われる両手が埋まっていると錯覚する技法です。説明にもある通り、現代ではピックポケットの演技などに応用したほうが演じやすいのではないでしょうか。技法としては他の観客と輪になり、他の観客の手を演者の手と錯覚させるものが有名ですが、こちらは1:1でも演じることができます。かなり些細な錯覚を使った現象なため、説明を読んだだけではうまくイメージができません。後日知人と試してみたいと思います。
 

 

 ほかにも様々な良いトリックが解説されています。GREATER MAGICの名に恥じない内容の濃さであり、いつか全編を綺麗な日本語で読みたいです。次回はメンタルトリックが中心で紹介されるようなので、今回と引き続き演じることのない作品ばかりとなりそうですが、カードフリークを卒業するには良い機会かもしれませんので、次回の邦訳も心待ちにしています。

 私は作品集の読了後に覚えた印象で、その作品集の評価をしがちな面があります。今回のものでいえば、映画に出てくるようなマジシャンのヴンダーカンマーを覗いているようで楽しかったです。美しいものからどこに使うかわからないもの。徹底的な実用美から実用性皆無のロマン作品と各種を取り揃えているさまはまさにGreatとした言いようがないです。
 私自身あまり新しいトリックを追うのが得意ではないため、このような名作古典を拾い上げてくださるきょうじゅさんと、過去の偉大なるマジシャンに改めて賛辞を送りつつ、今回は筆をおこうと思います。
 

 
 

 

 

 
 


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