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オールドアンドニューキャンディ
コロンボの滞在も1週間が経った。同じホテルに連泊しているため、ホテルのフロントの方々と投げる会話のキャッチボールも増えていったし、バーの店員さんには「今日も一杯いかがてすか。ライブショーを聴きながら過ごせますよ」とわざわざ声をかけてくれたりいたれり居心地がよく、地から足が離れそうなホスピタリティに感動する。
他の宿泊客を見渡せば、中国か台湾のビジネマンが熱心にロビーで仕事をしている姿を毎日見た。ホテルに帰り、今日は何を飲もうかなとネクタイを緩めてふらふらしている僕とは大違いだ。
他には欧米の観光客やビジネス客もちらほらおり、隣国インドの人らしきビジネスの団体や、現地の富裕層らしき家族が子どもの誕生日をホテルのロビーで祝っていた姿も。
大きなホテルだったので、色んなドラマがろびーで垣間見えた。
愛らしい水色のドレスを着た5,6歳の女の子の目の前に、バタークリームがみっちり塗られた真っ白なケーキ。彼女を祝うメッセージがホールケーキ一面にチョコか何かで書かれていたのだが、文字が上にも側面にもびっしり書いてあり親の愛のウェイトを感じた。
滞在中は幸いにもお腹を壊すことも、風邪をひくことも胃をやられることもなく終始健康で過ごせた。現地のとびきりスパイシーな食べ物を想定して薬は常に携帯していたが使うこともなかったのはよかったことだ。
天気も総じて悪くなく、通り雨に遭遇したことはあったけれど大雨でもなく、また酷暑でもなく過ごしやすかったと思う。
出張もあと数日という日、電車に乗ってキャンディへ日帰り出張にいった。鉄道チケットはあらかじめネットで手配しており、コロンボフォートの駅からはさして混乱することもなく構内へ入場できた。日本であればここまでくれば、何番線にどこそこ行きとか、新幹線はコチラ、など目につく色の大きい案内表示があるが、ここコロンボの駅にはそういったものはない。多分あったと思うけど、利用客がおかまいなしに線路を歩いてホームへ向かうワイルドなこの環境に、生易しいヘルプ表示は存在しなかった。
人をかきわけおそらくこの電車であろうという方向へ歩いていくと、
「旦那、荷物をもちますよ」
案の定小遣いでも稼ぎに来た若者に声をかけられた。
さすがに物売りはいなかったけれど、エネルギッシュな体臭ただよう蒸し暑いこの空間でサバイブしていくために僕は必死で構内を泳いだ。
「AC付車両はとにかく寒い、だから私は2等級の車両に乗りますから」
日本から一緒にきていた先輩はそういうと人混みに消えていった。僕は1等級の車両を押さえていたのでしばしのお別れだ。
確かに海外のバスや電車はエアコンが効きすぎることはよくあるが、今までそこまで気にならなかったし大丈夫だろう。
車内に入り、古びた客車の窓際へ座る。
列車は定刻を少し過ぎたあたりに甲高い汽笛をあげ、何年かぶりに腰をあげたような音をならし、そして動きだした。
列車は1から3等級までの席があり、僕が買ったのは一番高い席だった。しかし車内はほぼ満席で、乗っている人はほとんどスリランカの人だったと思う。
スピードを出した列車の車窓はすぐに郊外へと移り、そして昔の国鉄時代のような駅をいくつか通過し、そして異変を感じた。
寒い、寒すぎる。
念の為パーカーを持ってきていたのだが、まったく寒さをしのげない。
やばい、寒い、そしておかしい。
周りの人々は僕よりずっと軽装で、半袖のポロシャツや、現地のドレスから腕が出ている貴婦人すら、みんな普通に過ごしている。
これは夢か。
いや、寒すぎる。
およそ2時間半の道のりで、すでに数十分でギブをしたいほどであった。予想以上に寒い。
念仏をとなえるかのごとく無我の境地を過ごし、席から動くことすらできず、ただ車外の緑生い茂る変わらない光景を見つつ、石のように席をたつこともなく耐えていた。
途中、列車は山道に入り速度が鈍った。
まさか、こんなところで止まるのか。
列車と、天を恨みつつじっと目を瞑っていたが、寒さにこらえきれずまぶたを開く。
ちょうど僕の席の斜め前にいた、大きい声で英語を使って電話をしていた30,40代くらいの女性が、明らかに寒そうな顔をして上着を着込み始めていた。そうだよな、やっぱり寒いよなと共感してくれる仲間がいたことに不思議な安心を覚えた僕は、なぜかそこから到着まで寒さがきならなくなったのは可笑しかった。
険しい山道を登りキャンディへ到着。
遠くへ来たもんだと道中を振り返るまもなく、仕事のため急いで街中へと繰り出す。
キャンディは高所にある避暑地で、観光地でもあり欧米の大きなバックパックを背負った人々を多く見かけ、レストランやお土産屋さんにも英語の表記が多かった。
ここも例に漏れず車の混雑ひしめく戦場が存在していたが、観光エリアには居心地のいいカフェや、近くのデパートには多国籍のフードコートもあって便利さを感じる。
現地では会社を訪問したりカフェで打ち合わせをしたりする合間、マーケットを覗き、排ガスの舞う街中を歩いたし、仏歯寺の入り口付近も散策した。
一通り用事を済ませるとすぐに帰りの列車に乗らなければならず、もっと落ち着いて街を見たかったという後ろ髪をひかれつつ、行きの地獄をまた味わうのかと及び腰になりつつ列車にのった。
行きは年季の入った汽車のようなアンティークな列車だったが、帰りは日本の電車のようなステンレスかアルミのような外装の、見た目が近代的な列車だった。車内もいくぶんか近代的で、なにより寒くない!これが衝撃を受けるくらい嬉しかった。
ただ車内は満席で、みんなキャンディが楽しかったのか、コロンボにつくまでまぁとにかく騒がしかった。延々と若者やおじさんたちがそれぞれのグループ内で談笑しており、飲み物はこぼすわ食べ物はそこらじゅうに落ちるわ、お祭りのようだった。そんなにぎわう中、欧米系の若者が1人別世界のようにイアホンを耳につけ、暗くなった外のスリランカを延々と眺めている姿が妙に記憶に残ったんだ。
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