自動車・人工衛星エンジニアの技術的親和性
EV化により喪失されると言われる技術者の雇用。その技術が衛星開発に活かせるのか考察します。
政府が掲げる電動車シフトの目標
当時の菅総理大臣が2021年1月18日の施政方針演説において、「2035年までに新車販売で電動車100%を実現する」ことを宣言しました。
乗用車は、2035年までに、新車販売で電動車100%を実現。
商用車は、小型の車については、新車販売で、2030年までに電動車20~30%、2040年までに電動車・脱炭素燃料車100%を目指す。大型の車については、2020年代に5,000台の先行導入を目指すとともに、2030年までに2040年の電動車の普及目標を設定。
日本の目標では、電動車としてEVだけでなくHVやPHV、FCVなども含めています。
(1) EV(Electric Vehicle:電気自動車)
動力源:電気モーターのみで走行。エネルギー源は車載バッテリー(リチウムイオン電池など)。
燃料:外部電源から充電した電力を使用。
排気ガス:走行時に排気ガスを出さない。
特徴:シンプルな構造で、エンジンやトランスミッションは不要。
(2) PHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle:プラグインハイブリッド車)
動力源:バッテリーで動く電気モーターと、内燃機関(エンジン)を併用。
燃料:電力(充電式バッテリー)とガソリンの両方を使用。
排気ガス:モーター走行時は排気ガスを出さないが、エンジン作動時は排気ガスを排出。
特徴:EVモードとハイブリッドモードを切り替え可能。通常のハイブリッド車よりも大型のバッテリーを搭載し、充電ポートを持つ。
(3) HEV(Hybrid Electric Vehicle:ハイブリッド車)
動力源:内燃機関(エンジン)を主力に、補助的に電気モーターを使用。バッテリーはエンジンや回生ブレーキで充電。
燃料:主にガソリンを使用。
排気ガス:エンジンが作動するため排気ガスを排出。
特徴:外部充電の必要がなく、燃費性能が向上。
(4) FCEV(Fuel Cell Electric Vehicle:燃料電池車)
動力源:水素燃料電池が発電し、電気モーターで走行。
燃料:水素。
排気ガス:排出されるのは水のみで、CO₂はゼロ。
特徴:短時間での水素充填が可能。大型車両や長距離用途での利用が期待される。
世界的なEVシフトへの潮流のなかで、日本でも明確な方針が打ち出されたことで、国内のEVシフトは、これまでよりも進んでいくと考えられます。
自動車メーカーもEVシフトへの姿勢を表明しており、例えばトヨタは、2030年までに自動車の電動化投資として8兆円、そのうちEVに対しては車載電池の開発など4兆円をあてることを発表しました。また、トヨタはこれまでは「2030年までにEVとFCVをあわせて世界販売台数200万台」を目標としていましたが、「2030年までにEVだけで世界販売台数350万台」と目標を大幅に引き上げました。他の自動車メーカーも各社EVシフトの方針を打ち出しており、EVの普及が加速的に進んでいく可能性もあります。
EV普及で雇用30万人喪失?
ガソリン車からEV(電気自動車)に切り替わることで、国内部品メーカーの約300万人の就業者のうち30万人の雇用が失われると言われています。
これは民間のコンサルティング会社「アーサー・デイ・リトル」が試算し、2021年3月に公表した数字です。自動車関連産業の全就業人口は542万人(2020年度)なので、実にその5.5%にあたります。
また最近では、2024年10月にはトヨタ自動車の豊田章男会長が、EVへの急速なシフトがエンジン関連技術者の雇用喪失につながる可能性を指摘しています。
同月のドイツの調査では、2035年までに自動車産業の変革により最大18万6,000人の雇用が失われる可能性が報告されています。
電動車で不要になるが、衛星開発に活かせる技術
ガソリン車で必要だったが電動車(EV/PHEV/HEV/FCEV)では不要な技術、それらを扱うエンジニアの推定人数、およびそれらが衛星開発にどう活かせるかを表にまとめました。
推定人数の前提条件
日本の自動車産業全体の従業員数: 約500万人
出典: 日本自動車工業会(JAMA)による統計。
エンジニアの割合: 約10%
一般的に製造業全体で技術職に従事する割合を参考に仮定。
内燃機関関連のエンジニア割合: 約30%
自動車エンジニアの中で、ガソリン車特有の技術を扱うエンジニアの比率として仮定。
技術別の分布割合: 各技術領域の必要性や専門性に基づいて、内燃機関関連エンジニアの中での割合を設定。
ガソリン車で必要だったが、電動車で不要な技術
ガソリン車は内燃機関を使用するため、以下の技術が必要とされます。
エンジン設計・製造技術:
内燃機関の設計、製造、組み立てに関する技術。
500万人 × 10%(エンジニア比率) × 30%(内燃機関関連) × 40% = 6万人
トランスミッション技術:
エンジンの出力を適切に車輪に伝える変速機の設計・製造技術。
500万人 × 10% × 30% × 20% = 3万人
排気システム技術:
排気ガスを処理・排出するためのマフラーや触媒コンバーターの設計・製造技術。
500万人 × 10% × 30% × 15% = 2万人
燃料供給システム技術:
燃料タンク、燃料ポンプ、インジェクターなどの設計・製造技術。
500万人 × 10% × 30% × 15% = 2万人
冷却システム技術:
エンジンの高温を管理するラジエーターや冷却液の循環システムの設計・製造技術。
500万人 × 10% × 30% × 15% = 2万人
高温流体シミュレーション:
燃焼室やエンジン内部での高温流体の挙動を解析(燃焼効率、排気制御を最適化)
500万人 × 10% × 30% × 10% = 1万人
しかし、これらの技術は、電動車(EV、PHEV、HEV、FCEV)では以下の理由で不要または大幅に簡素化されます。
EV(電気自動車): 内燃機関を持たず、電気モーターで駆動するため、上記の技術は不要です。
PHEV(プラグインハイブリッド車)およびHEV(ハイブリッド車): 内燃機関を搭載していますが、電動化により一部のシステムが簡素化される場合があります。
FCEV(燃料電池車): 燃料電池で発電し、電気モーターで駆動するため、内燃機関関連の技術は不要です。
これらのエンジニアが衛星開発で活かせる可能性
内燃機関関連のエンジニアが持つ以下のスキルは、衛星開発においても活用できる可能性があります。
熱管理技術: エンジンの冷却システムの設計経験は、衛星の熱制御システムの設計に応用できます。
流体力学の知識: 燃料供給や排気システムの設計経験は、衛星の推進システムや燃料タンク設計に役立ちます。高温流体は分子一つひとつの動きをシミュレーションする高等技術で、ガソリンエンジンの燃焼効率の向上、排出ガスの低減、エンジンの高性能化に必須でした。
精密機械加工技術: エンジンやトランスミッションの製造経験は、衛星部品の精密加工に応用できます。
材料工学の知識: 高温・高圧環境での材料選定や加工技術は、衛星の耐環境性能向上に寄与します。
特に、高温流体を扱う技術者の持つ熱力学的効果の理解や流体シミュレーション技術は、衛星の推進システムや熱制御システムの最適化において重要な役割を果たす可能性があります。
これらのスキルを活かすことで、自動車エンジニアは衛星開発分野への転身や貢献が期待されます。