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スタートアップの事業戦略(分野と機能の絞り込み)
「電源は特注品が当たり前」だった業界で、標準品にこだわって急成長したTDKラムダ(旧ネミック・ラムダ)。彼らが事業選定のキーワードとして掲げたのが「際深し」――つまり、ニッチ市場の徹底開拓です。
一方でミスミも、プレス金型用部品の標準化に注力することで成長の足がかりを掴み、さらに社内資源を蓄積しながら事業分野を広げていきました。
ここから見えてくるのは、スタートアップこそ自ら定義した事業分野を“とことん”攻め、まずはNo.1を狙う必要があるということ。今回は、自社の事業分野を定義する方法を考えていきます。
なぜNo.1を目指すのか
以下2点に集約されます。
まず、高い市場シェアが獲得できるほど、規模の経済性や経験効果が働いて収益性が安定します。一方で、成長性が高いという理由だけで、他者に追随して競争の激しい市場に参入しても、市場シェアが取れなければコストが嵩むだけで収益性は低くなります。
規模の経済性:固定費の分散、大量購入・仕入れの交渉力
経験効果:学習の蓄積(従業員や組織が効率的な方法を学び、ミスや無駄が減少)、プロセス改善
次に、No.1として第一想起されることの重要性。顧客に与える信頼感や、ステークホルダーが自然と集まってくるためCACも下がり、事業運営も非常に有利に進められるでしょう。
事業分野の絞り込み
No.1になれるかどうかは、事業分野の定義の仕方に大きく依存します。あらかじめ事業分野を狭く限定すれば、そこではNo.1になれることはできるかもしれませんが、市場規模の制約により成長の限界に達してしまいます。
そうではなく、既存の事業分野を新たに括り直すことで、より多くの需要を獲得する可能性を残すのです。つまり、顧客の視点から同じ尺度で測って他社と優れているかどうかという点以上に、消費者の潜在的なニーズを呼び起こす新規性や独自性という点が重要になります。
そのためには、顧客の課題を深く掘り下げ、自社の強みを活用しながら新しい視点で市場を再定義することが必要です。また、タイミングを見極めた迅速な行動と、仮説検証型アプローチが成功の鍵となります。他社がまだ気づいていない領域を見つけることが、新規性と独自性につながります。
⑴消費者の「真の課題」を深く理解する
表面的なニーズの裏側を見る:消費者が抱える課題を具体的に観察し、その根本的な解決策を考える。
例:消費者が「早く移動したい」と言っている場合、単に交通手段を増やすだけでなく、「移動時間を価値ある時間に変える」ことを考える。
観察・インタビュー:実際の顧客行動や不満を観察し、現状の課題や隠れた欲求を引き出す。
⑵自社の強みとの関連性を探る
独自の付加価値を見極める:既存の製品やサービスが持つ独自性を、潜在的ニーズの解決にどう応用できるかを考える。
製品コンセプト、技術、サービスモデル、事業システム、それらによる顧客訴求力などを総合的に評価する。
自社の強みを活かせる領域にフォーカス。
例:Appleが「製品のデザイン性」だけでなく「使いやすさ」という付加価値を融合してiPhoneを開発した。
⑶潜在ニーズを具体化する「視点の転換」
既存市場の再定義:既存の市場を異なる切り口で見直し、消費者に新たな価値を提案する。
例:従来の「カメラ市場」を「思い出を共有する市場」として再定義し、インスタント写真市場を作り上げたPolaroidの事例。
業界の枠を超える発想:他の業界や分野での成功事例を応用して、新しい視点を導入する。
例:音楽業界のストリーミングモデルを動画配信に応用したNetflix。
⑷タイミングを見極める
トレンドと消費者心理の把握:社会や技術、文化の変化に目を向け、消費者が「まだ気づいていないけれど求めているもの」を見つける。
例:環境意識の高まりを背景に、電気自動車市場で他社に先駆けたTeslaの成功。
技術と市場の接点:新しい技術や製品が「消費者にとって使いやすい形」で導入できるタイミングを見計らう。
⑸仮説検証型アプローチ
プロトタイピングと実験:消費者の反応を見ながらアイデアを迅速に検証する。MVP(Minimum Viable Product)を活用し、小規模で市場反応を確認。
データ分析と洞察:消費者データや市場データを活用して、潜在ニーズを分析。
⑹顧客視点での新規性を重視
顧客に「驚き」や「共感」を与える:潜在ニーズは、顧客が「これまで気づいていなかったが、本当に欲しかったもの」を発見したときに満たされる。
例:「Uber」は消費者が明確に「必要だ」と感じていなかった「移動のシェアリング」を提案し、大きな成功を収めた。
機能の絞り込み
スタートアップは限られた経営資源を活用し、システム全体の生産性の向上を図る必要があります。そのためには、徹底した分業と協業が必要です。
最も付加価値が高いと思われるクリティカルな機能に経営資源を集中させ、付加価値が低いところは外部資源を活用するのです。
スタートアップが目指すべき競争優位性とは、経営資源そのもの以上に、こうした経営資源の調達能力・統合能力、事業システムの構想・構築力に求められると考えられます。
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Spiber(スパイバー)の事例
R&Dへのフォーカス: クモの糸に着想を得た「バイオスパイダーシルク」などのたんぱく質素材を人工的に生成する技術を開発。生分解性が高く、環境負荷を大幅に削減する素材として注目されています。
販売・マーケティング戦略:
自社製品を直接消費者に販売するのではなく、「ゴールドウイン」など既存のブランドやメーカーと提携して販売。
ゴールドウインはアウトドアやスポーツウェア市場でのブランド力を持っており、その力を借りることで市場開拓を効率化。
アウトソースの範囲: マーケティングや販売チャンネルを持つパートナーに依存し、製品開発と製造に集中。